夜の部を観劇・・・吉右衛門の一座
「盛綱陣屋」福助と息子
「烏羽絵」富十郎と息子
「河内山」
歌舞伎は退屈で緩慢で辛抱して、クライマックスで浄化される構造かもしれない。
義太夫も、始め低音でよくわからないことばで静かに始まる。
この退屈で緩慢に感じていしまうところが、
キレやすい激情的な現代人なのかもしれない。
リズムを、客にあわせるのか、否か。
猿之助や勘三郎の芝居は、現代人にわかるように、ことばもテンポも、ストーリーも
工夫している。
緩慢で退屈でつまらないと思うリズムとテンポとストーリーのなかに、
実は、秘密があって、これこぞ、面白くて、たまらなくなるときがくるのかもしれない。
迎合も妥協もなく、面白いものはある。
玉三郎さんがそうだ。
立っているだけで、じっとしているだけで(実はこのじっとしていることが俳優のレベルを示すのだが)
観客は気持よく充実して見ていられる。
時を忘れることができる。
時を越えてしまえるかどうか・・・
時をこえる舞台を作りたい。
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