小夜子の世界

舞台は神事

舞台は神事である。
神託をうける場所である。
意味のないもの、慰みものは、神事とはいわない。
見た人の魂をゆさぶるものが神事である舞台の真髄。
あだやおろそかに舞台は踏めない。
みそぎをして
神のことばを人間のドラマにして
人間に語る。
人間の魂に届く舞台を務める。
日頃の修行と自分のあり方によってしか
次のドラマは与えられない。
神が降りてきて
人間のことばで物語る。
神が降りることができるような環境=場所、こころ、からだ、魂であることが、
一番大事なこと。
引き受ける。
自分の人生丸ごと引き受ける。
自分の至らない点も、短所も、すべて、今の自分を丸ごと引き受ける。
自分が引き寄せたものすべてを引き受ける。
いやだと思うものも、自分の成長に必要であろう。
なぜいやなのか、いやなものが、自分の見たくないもの=つまり自分のいやな面かもしれない。
蓋をしないで、全部さらけ出したとき、
この問題が二度と起こらないのかもしれない。
逃げている限り、避けている限り、
自分が嫌だと思うことを必ず引き寄せる。
人ではない、出来事ではない、
つまりはそれこそが、自分の前世から持ち越したカルマであり、
なんとかもう一度挑戦しクリアしようと、自分で引き寄せた問題解決のチャンスである。
せっかく引き寄せておきながら、まるで他人事のように
これさえなければ、この人さえいなくなれば、と逃げたり避けたり、悪口言ったり、
いかんいかん。
困難、問題、嫌な人は「喜ぶべき来客」「カルマの先生」だ。
3月17日の爆発から1週間。
クリアになりました。
いやなことをいってくれてありがとう。
もう大丈夫。
和の輪庵も、みんなの気持ちが集まった時、
きっと出来上がる。
ちりとてちんが、共時性を起こし
わたしにメッセージを伝えてくれている。

 

 

 

 
2008年03月22日 22:21 | カテゴリ:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)
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