小夜子の世界

2008年03月

今日の出来事

昨夜は11時から午前1時まで
世界フィギアの男子決勝戦をかっちゃんと見る。
大舞台で力を発揮する、自由にスケートする、このことを
わがこととして観戦。
女神は誰に微笑むのか。
米長さんが「女神は笑いと謙虚を好む」ということばを思い出す。
明るく光り輝く人が女神は好きだ。
緊張感は恐れだ。勝ちたいけれど、負けるんじゃないか、失敗するんじゃないか、
一番悪いのは、相手よ、失敗してくれ。これは最悪。
わかっているのに、思ってしまうことはないか。
「嫌い」という感情には、「嫉妬」が混じっている。
こまったもんだ。=これは自分に言っている言葉。

今朝はゆっくり起きた。7時半。
朝食をとり、着物に着替えて9時40分に家を出る。
今日はお彼岸最後の日なので道が混んでいるかな、と思ったが、
意外に普通だった。
三好徹が「板垣退助」のことを語っているテープを聞きながら米津先生のお家に急ぐ。
ちょっと感動。板垣と西郷に興味がわく。
井上馨がどんなことをした人間なのかも知りたいと思った。
米津先生のお家に11時前に着く。
すぐに、阿部國治先生の本を探す。
天の阿部先生のサポートを感じる。2冊とも見つかった。
これでよし。古事記上演への道が開けた。
米津先生に、阿部先生の解釈による「古事記」を上演するので
絶対に見てくださいね、と約束する。上演は多分2010年。
この1年をかけてわたしは一人で研究し、来年の古典研究会は「古事記」1年かけてみなで勉強する。

今日はお休みが多く、
武藤さん、矢萩さん、三須さん、蓮見さん、荒武さんと美女ばかり。
みなで「小倉百人一首」を21〜30番まで研究。短歌もみな上手に作った。
チャクラに色を重ねる瞑想を行う。
船橋へ帰る蓮見さんと三須さんを車に乗せて帰宅。

夕食は自宅でかっちゃんと。
今夜は、え〜っと、鯖の塩焼き(大根おろし)。かじきの煮付け。
韮たま。こんにゃくと油揚げ、人参、キノコのピリ辛ごま油炒め。
味噌汁は今朝の残り物(とうふとわかめ)。
かっちゃんが昨日作ったホタテの煮物と、ハッシュドビーフ。
そうそう、ハムの残りもだしたな。

今大変気に入っている「篤姫」を見る。
9時から急に台所の掃除を始めた。冷蔵庫の中も整理し、ゴミを出し、
床も吹き出して、掃除が止まらなくなる。階段まで拭く。

明日は、12時に京王プラザに行く前に、東京駅に寄ってカードを取りに行けたらいいな。
9時30分ころ家を出ればうまくいきそうだ。
北松戸〜東京駅〜新宿〜京王プラザ〜成田。
25日にはLAだ。
ノートパソコンは持っていくのをやめた。
あちらで書くのは「にちれんき」
構成して覚えるのは「昔の女」
読んで考えるのは「阿部先生の古事記」
義太夫の稽古は「尼崎の段」
考えるのは「和の輪の今後のこと」
海を渡っても、わたしの心も意識も日本から離れない。
わたしが望んでいることは、
わたしの人生を変えてくれる人と邂逅したい、ということ。
懐かしい友人たちとの再会と、前世からの約束の人とこの旅で再会したい。
お互いに影響しあえ、なにかクリエイティブなことができる人。
その人はどこの国の人かわからない、男か女か、年齢もキャリアも。
わたしがわかっていることは
会った瞬間にお互いに「この人だ」とわかる、ということ。
わたしが次のステップに進むために、なにかが始まっているような予感がする。
3月17日を境に、わたしの中で変化が空き始めている。
身体の中の変化は、何かを引き寄せる。
その人がUSAにいるような気がする。
アメリカの人かどうかはわからないが、この旅で出会えることを期待する。
その人も、わたしとの再会を待ってくれていたらいいな。
日本を発つ前の日に、出会える人がいることは幸せ。
明日は本当に楽しみだ。

 
2008年03月23日 21:39 | カテゴリ:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)
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舞台は神事

舞台は神事である。
神託をうける場所である。
意味のないもの、慰みものは、神事とはいわない。
見た人の魂をゆさぶるものが神事である舞台の真髄。
あだやおろそかに舞台は踏めない。
みそぎをして
神のことばを人間のドラマにして
人間に語る。
人間の魂に届く舞台を務める。
日頃の修行と自分のあり方によってしか
次のドラマは与えられない。
神が降りてきて
人間のことばで物語る。
神が降りることができるような環境=場所、こころ、からだ、魂であることが、
一番大事なこと。
引き受ける。
自分の人生丸ごと引き受ける。
自分の至らない点も、短所も、すべて、今の自分を丸ごと引き受ける。
自分が引き寄せたものすべてを引き受ける。
いやだと思うものも、自分の成長に必要であろう。
なぜいやなのか、いやなものが、自分の見たくないもの=つまり自分のいやな面かもしれない。
蓋をしないで、全部さらけ出したとき、
この問題が二度と起こらないのかもしれない。
逃げている限り、避けている限り、
自分が嫌だと思うことを必ず引き寄せる。
人ではない、出来事ではない、
つまりはそれこそが、自分の前世から持ち越したカルマであり、
なんとかもう一度挑戦しクリアしようと、自分で引き寄せた問題解決のチャンスである。
せっかく引き寄せておきながら、まるで他人事のように
これさえなければ、この人さえいなくなれば、と逃げたり避けたり、悪口言ったり、
いかんいかん。
困難、問題、嫌な人は「喜ぶべき来客」「カルマの先生」だ。
3月17日の爆発から1週間。
クリアになりました。
いやなことをいってくれてありがとう。
もう大丈夫。
和の輪庵も、みんなの気持ちが集まった時、
きっと出来上がる。
ちりとてちんが、共時性を起こし
わたしにメッセージを伝えてくれている。

 

 

 

 
2008年03月22日 22:21 | カテゴリ:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)
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こんなんで・・・・

3月17日に和の輪の総会が終わってから
またたくうちに4日が過ぎた。
一度爆発すると
なにかが壊れて、内から新しい考えがわいてくる。
わたしの爆発というものは
マグマを噴出させるためのものなのかもしれない。
どんなにメンバーを変えても
わたしの内なるマグマを噴出させる必要がある時には
呼び水となるような人を必ず引き寄せるのだ。
メンバーを変えてもそれは同じことと、諦めたほうが良い。
メンバーのせいではなく、
わたしの内なるマグマのせいなのだ。
わたしは怒り怠惰になり、自己正当化するが、
ふと気付くとまったく別の考えが、ひらめき、そうなると、そのきっかけをつくってくれた
その邪悪なる人に感謝するのだ。
まさに人生とは気づきだ。
気づくまで、ひつこくひつこく同じ問題が起こるであろう。
19日には図書館へ行き、またどっさり本を借りた。
岡本太郎、ジャコメッティー、鹿島茂、網野善彦、ケーテ・コルヴィッツほか。
探している本もインt−ネットで買った。
筧克彦「神ながらの道」帰国したら届いているだろう。
阿部國治先生の「ふくろしょいの心」は、日曜日に米津先生のところで探そう。
今朝、ついにうちの彼に渡邉満喜子さんの電話番号を聞いた。
義姉のことで、なにかのはずみに「見捨てないで、最後までかかわりきれないものか」と考えたのだ。
義姉は、ダイバかもしれない。
人とのかかわりに素直になる、ということが
本当は一番学ばなくてはならないことかもしれない。
つまり、人間はいかに偏見と誤解に満ちて物事を見ているかということを
知るのがこの世に生まれてきたすべての人のカルマだ。
すると、渡邉さんに電話したのだ。
すぐにつながり
アメリカに行く前にお会い出来ることになった。
24日、お昼に新宿で。
うちの彼も職場からすぐ近いし、昼休みなので来てくれるという。
なんとうまくいくの。
多分こういうことなんだろう。
乙部さんに電話。24日のことを話す。乙部さんもわたしに会いたいことがあるので
きてくれるという。
ちょうどいいよね、みんなで渡邉さんと会うととてもいいと思う。
今日、成田に荷物を出した。
このように、あのこともこのことも一緒に動いていくのね。
帰国したらすぐに旅なので、その準備もしている。
だんだん準備を早めに済ませるようになって来た。
出来ることは早めにやっておくことだ。
なぜなら、急なことに対応できるように。
思いつく限りの未来の段どりをするのがいい。
頭の中で動いている10本の線路に、特急電車から普通電車までこんがらがらない
正確なタイムですべてが整然と美しく進んでいくのが心地よい。
今動いている線路は・・・
1 賢女〜の舞台のこと
2 にちれんきの舞台のこと
3 古事記のこと
4 むかしあけぼののこと
5 えしんにさまのこと
6 小倉百人一首のこと
7 秋ロシア行きのこと
8 秋サンフランシスコ行きのこと
9 まぐまぐ
10 読書
11 会報
12 HPのリニューアルのこと
13 個人レッスンのこと
14 コンセプトのこと
15 学校のこと
16 和の輪庵のこと
17 桐のこと
18 昔の女のこと
あ〜〜〜〜もうやめよう。
10本どころではない、わたしの頭の中にはまだまだ線路はある。
今一番の線路は、アメリカ行きと、帰国後の富山での「賢女〜」実行委員会と、
羽咋で山主さまに「にちれんき」の第1稿の台本を見ていただくこと、
「昔の女」の語りを30分程度にして、アメリカで覚えることと、帰国後すぐに音楽をつくること。
何しろ舞台が5月2日だ。
これをきっと幸せな人生というのであろう。
なぜなら自分が幸せを感じているのだから。

 
2008年03月21日 23:40 | カテゴリ:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)
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「岡本太郎 」   岡本敏子

出会ってすぐのころ、太郎さんはわたしにこういいました。
「『いつか』なんて絶対にない。
いつかあるものなら、今、絶対にあるんだ。
今ないものは、将来にも絶対ない。だから、『いつか』なんで言っていちゃ
ダメなんだ。」
・・・・・
モチーフというのは、言い換えると、どれだけその人に
「表現したい」「表現しないではいられない」という内的欲求があるのか。
それと、社会に対してどういうことを言いたいのかというメッセージ。
「どういうことを言おうとしているのか、自分でつかめていないのに、
人に伝わるはずがない」
自分が何をやりたいか、何を伝えたいかがわかっていたら、技術は後からついてくる。
それは突き詰めれば「どう生きるか」ということ。
・・・・・・・
「人間は、決して老いを認めるべきではない。年齢を理由に何かに挑戦する意志を
すてるくらいだったら、自殺する」
「それほど危険な道なら、やってみようじゃないか。
引き受けて傷だらけになってやろう。」
「自分の中にどうしても譲れないものがある。
それを守ろうとするから弱くなる。そんなもの、ふち壊してしまえ!」

 
2008年03月21日 23:00 | カテゴリ:珠玉のことば | コメント (0) | トラックバック (0)
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見る人 ジャコメッティと矢内原  宇佐見英治
「友情がつづくためには何といっても
共通の思想の分有、志向の一致が必要である。
しかしさらに突き詰めていうならば、
それが持続するためにはまず心の方位
目に見える或いは見えぬ世界にたいする精神の定位の仕方が
根本条件となるのだろう。
なぜなら友情といえどもそれぞれの努力の結実であり
たえざる方位の検かくがなければ、
たちまち持続が崩れ、
感情に、
過去への郷愁に堕するであろうから。」
 
2008年03月21日 21:35 | カテゴリ:珠玉のことば | コメント (0) | トラックバック (0)
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歴史を考えるヒント 網野善彦

目次
1 日本という国名
2 列島の多様な地域
3 普通の人々の呼称
4 誤解された百姓
5 富士友人と職能民
6 被差別民の呼称
7 商業用語について
8 日常用語の中から

 
2008年03月21日 21:32 | カテゴリ:珠玉のことば | コメント (0) | トラックバック (0)
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ジャコメッティ  エクリ

決してフォルムのためでなく、
また造型のため、
美学のためでも決してなく
その反対だ。
立ち向かうこと、絶対的に。

遊び、そうなのだ、
性愛、そうなのだ、
不安であること、そうなのだ、
破壊的であること、そうなのだ。
             1932年頃
                             

 
2008年03月21日 21:25 | カテゴリ:珠玉のことば | コメント (0) | トラックバック (0)
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お金・・・

お金は人を狂わせる。
お金がないと
人はどうして
かくも不安で疑心暗鬼でいらいらと
してしまうのか。
お金がなくても
才能を伸ばせて
自由に明るく
生きていくことはできないのか。
図書館の本を読んだだけで
すごい女優になれないか
夕陽や星を眺めただけで
すばらしい舞台ができないものか
瞑想しただけで
セリフが全部頭にはいらないか
食べなくても生き生きと
よれた服でも品よくみえないものか
お金がなくても
芝居を続けることはできないものか
お金がなくても
嘆かないで、
人をうらやましがらないで
自分を卑下せず
気高く生きていけないものか
わたしはきっとストイック。
資本主義社会では堅物で
成功しないタイプなんだろうな。
自分の中に巣くっている敵意が
数年に一度爆発する。
それはわたしが今世のりこえなければならないテーマ。
プライドと偏見
貧困と富
嫉妬と愛

 
2008年03月20日 20:15 | カテゴリ:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)
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井沢式「日本史入門」講座

和とケガレの巻

 

 
2008年03月19日 23:09 | カテゴリ:珠玉のことば | コメント (0) | トラックバック (0)
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東京大空襲 

昨夜TVを見た。
泣いた。
戦争犠牲者の数は数字であって、
ひとりひとりの人生が数になってしまう。
ひとりひとりに
人生があるのだ。
「もう殺さないで。殺すならわたしだけを殺して」
東京大空襲が1945年3月10日、その後終戦まで
アメリカによる人殺しが続いた。
朝鮮の人たちへの
日本人のむごい仕打ちも
TVで描ける時代が来たということか。
殺された人は
殺した国や人を
簡単には許せないよな。
歴史は
殺戮で満ちている。
出来ることなら
殺さないで、殺されないでこの世を生き抜きたい。
「知らない」ことを「知ったとき」
あなた、小夜子よ、どうするのか。

 

 
2008年03月19日 09:58 | カテゴリ:見ました読みました感動しました | コメント (0) | トラックバック (0)
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朝のコーヒー

正月から続いていた一連の仕事が
とりあえず昨日で一段落。
今日からまたあらたな仕事へのスタート。
昨日、和の輪の第7回通常総会が終了。
自分の発言が、ひとにどのようにマイナスの影響を
与えるのかを実感できた出来事があった。
私も気をつけよう。
わたしも弱いよな。
急に秋の東京公演をやる気が失せてしまったのだ。
お客が入いろうと、入るまいと、しったことじゃない、
お金が払えようと払えまいと、そっちでやってくれ〜、
と、そっちの人に言えればいいが、
わたしには
そっちの人がいないのだから、
自分で予算を立てて自分でやるしかない。
これは誰のせいでもない、わたしのカルマだ。
素晴らしいスポンサーに恵まれて、大きく世界の舞台に立っている人も
いる。その人はきっと前世でがんばったのだ。
わたしも今世は
「サイのごとく一人歩め」だ。
ついつい人に期待したり、
せめてこのくらいは・・・と思ってしまうダメな私。
来週から4月は下旬まで、アメリカ、北陸、関西、と旅が続く。
5月の連休に山口に行き、
朗読をやるというはなしがあり、
わたしは「うん、いく」と簡単に約束してしまっていた。
そのためには、
作品を作らなくてはならないし
山口までの交通費もかかるし
この間ずっと、
お断りする気持ちにうごいていた。
作品は小松先生の「昔の女」と決めたのだが、
経済的に困難の状況にあるのに
どんなものかと、
昨夜乙部さんに相談した。
あにはからんや、乙部さんは意外にも
「行けばいいじゃない」と賛同してくれた。
「だって・・・お金がかかりすぎるよ・・・」
と言ったのだが、乙部さんは前向きだった。

約束した、ということ。相手は期待しているよね。
本番は5月2日。
ということは、
アメリカに発つ前に、つまり今週中に
台本を作る必要がある。アメリカにいる間にセリフを覚え、
帰国して音樂を作る。
実は、4月17日に、山主様に近松の「にちれんき」を読んでいただくことになっているので
アメリカにいる間に台本を作る予定なのだ。
ロス、NY,サンフランシスコと広いアメリカを旅しながら
セリフを覚え、新作浄瑠璃を書いてしまう。
すごいなぁ、
出来たら本当にすごいなぁ。
乙部さんの後押しが
ありがたかった。
さぁ、今日はアメリカ行きの荷物を作ろう!



 

 
2008年03月18日 09:04 | カテゴリ:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)
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学力とは

NHK討論の学力を見た。
日本はそうとう格差社会になっているということ。
わたしは小さい時からずっと
貧しいので、お金持ちの人たちの生活がどんなものか
よくわからない。
お金がないなりに
我慢して
始末して
節約して
ほしがらないで
魂と志のことを
考えつづけてきた。
ということは、
わたしはたぶん、本当に貧しくはなかったのかもしれないし
(京都という土地のせいかもしれないが、
そろばん、書道、いけばな、三味線を習っていたし、着物も作ってもらったもんな・・・)
実は、わたしは相当貧しいのに
あまり気にならないのかもしれない。
それは、京都に誇りを持っているからかもしれない。
人はみな、それぞれの価値観を持っている。
はたからみたら
わたしが、まさかこんなに貧しいとは思われていないのかもしれない。
だって、お姫様の役もやるし、女王様の役もやる。
なんにでも染まれるように
日頃はなんにも染まっていないほjがいいのだ。
それが女優の仕事。

わたしにとって
大事なのは
演劇の女神に見放されないことなのだ。
なにを、どこでいくらのものを食べたか
どんな値段の服を着ているのか
さいふにいくら入っているのか・・このことはわたしにとって大した問題ではない。
お金や 学歴は
俳優の魅力やうまさに
関係ない、といいたいな。
いえないけど・・・。
むしろ、お金や学歴なんかに翻弄されないで、
品格ある人格を作り上げようよ、といいたい。
SFで100ドル予算で、何着買えるのか、わたしは楽しんでいる。
20着は買うつもり。気にいったものなら、5ドルの服でも平気だ。
1週間200ドルのホテルでも平気だ。
必要な時には
かならずお金は入ってくるものだ。
わたしには
健康な体と
おいしいと感じる舌と
友人と家族と
やる気と
アイディアと
ぐっすり眠れるふとんと
行動をいとわない心がある。
これ以上、なにを欲張るのか。
「ふたつよいことないわいな」

お金がなかったら
知恵を出そう。
知恵が出たら
お金が寄ってくる。

しかし、実際に苦しんでいる人たちを
どうしたら助けることができて、
みんなが幸せに生きていけるのか。
素晴らしい日本にしたいという気持ちは
一杯ある。
子供たちの学力を伸ばすことに協力したい。
すべての子供たちが
安心して、学ぶ喜びを体験してほしい。
そのためにできることを協力したい。
豊かで幸せな人たちの住む国。
1年で100万人が死に、100万人が生まれる。
20年で2000万人が死に、2000万人が生まれ育つ。
人口の6分の一がたった20年で入れ替わるのだ。
そりゃ国がかわるのは当たり前。
10年ひと昔とはよくいったものだ。
和の輪もすでに7年。
700万人が死に、700万人が生まれた。
時代を見つめて、本当に高い志をしめして
毎日を活動していきたいなぁ。
未来を作り上げるビジョンが大事だ。
この国をどうしたいのか。
そのために今なにをするのか。
どう築きあげていくのか。
理念とビジョンと仲間。



 







 
2008年03月08日 22:37 | カテゴリ:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)
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田井中友香さん(システム・アシスト代表)

和の輪のHPを管理してもらっている。
出会ってもう7年になる。
美人で穏やかで
とても魅力のある彼女は
そのころシングルだった。
いい人との出会いがあり結婚。
周りをあっと言わせた。
去年2月21日 璃子ちゃん誕生。
若い夫婦は、子育て真っ最中。
友香ちゃんは、会社の経営と子育てと
両方やって、なおかつもう一人子供がほしいという。
友香ちゃんはすっかり変わった。
キャリアウーマンから
母親へ
大変身。
HPの会社も順調に伸びている。
天は自ら助くる人を 助くる のだ。

 
2008年03月08日 11:24 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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会ったことはないのだけれど シャーリー・マクレーン(女優) 
シャーリー・マクレーンは、
私の人生を大きく変えた人といっても過言でない。
20年前に読んだ「アウト・オン・ア・リム」(地湧社)は、
わたしに勇気と、一歩踏み出すことを教えてくれた。
そしてわたしはプロデューサーとしての試練に立ち向かったのだ。
その彼女が60才を過ぎて書いた本が「カミーラ」。
サンチャゴ巡礼700キロを歩いたはなし。

シャーリー・マクレーンは、
今も真摯に自分と向き合い学びを続けている。

「私の本当の旅は
この旅の終わりから始まるということを
 知っていた」

わたしたちは皆
それぞれの道を一人歩む旅人なのだ。
出会う人はみんな何かのご縁があった人たち。
少しの間
一緒に旅してくれてありがとう。
またどこかで〜
 
2008年03月08日 11:20 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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童門冬二先生 (作家)
情の人。
美濃部都知事と一緒に都庁をやめ、作家活動にはいった。
歴史の人物を研究し、「そのとき、その人はどう行動したか」
ということを「わかりやすく、先生独特の視点で、その人物を評価した」
すべての人間に優劣を付けず
「分」 「器」  「運命」 というものから人間を見た。
先生の眼はあたたかい。
なにがよくて何が悪いなどという単純な価値観を持たない。

先生の「海の街道」と「上杉鷹山」を和の輪の旗揚げ公演として
上演させていただいた。
先生のあったかさに
こころがほろりときた。
魂がぐらっときた。
またお目にかかりたい。
 
2008年03月08日 11:17 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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お会いしたことはないのだけれど 司馬遼太郎さん

司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」を高校3年の時に読んだ。
夢中になった。
司馬さんが再発見した歴史上の人物が
どれほどいるだろう。
目から鱗のように、歴史観を変えた人。
大阪人である。

「胡蝶の夢 1」より
「快適にその日その日を生きたい、という欲求が、
人間ならたれにでもある。
あらねばならんし、この欲求を相互に守り、
相互に傷つけることをしない、
というのが、日常というものの もと となるものだ」

だから、群居している人間の仲間で、
行儀作法が発達した。
行儀作法は相手にとっての快感のためなにあるのだ、と良順はいう。

「人間が、人間にとって
トゲになったり、
ちょっとした所作のために
不愉快な存在になることはよくない」

 
2008年03月08日 11:12 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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お会いしたことはないのだけれど 星野富弘さん(詩人・画家)
星野さんとはお会いしたことはないのだけれど
初めて出された本の時から
ずっと見守り続けている。
大変な逆境の中、
力強く生きておられる。
本当にすごいとおもう。

「長いこと同じ部屋にいる老人が
面会に来た人たちに小声で
話しをしているのを
きいてしまった。
「あのひとなぁ、首から下が全部動かねんだぞ。
大学まで出たって、ああなっちまったらおしまいだ」
いい人だと思っていただけに、
私は煮えくり返るほど
腹が立ってしまった。
以後、その人がどんなに楽しい話しをしようと
「くそ爺い、くたばりゃがれ!」
と心の中で叫んだ。
やがて待ちに待った、"くそ爺い"の退院の日が来た。
くそ爺いは松葉づえをついて私のベッドの横に来て、
声をふるわせて言った。
「星野さん、頑張ってくださいよ。絶対によくなってくださいよ」
なんということだろう。"くそ爺い"の目から、
涙がボロボロこぼれている。
私は些細なことで腹を立て、人をうらんでいた、
自分の心の狭さを、恥ずかしいと思った。」

「あおむけに寝たままで
次から次へと
人の悪口を言った
右目の隅で
桃の花が
笑いながら咲いていた 」(もものはな)


「二番目に言いたいことしか
人にはいえない
二番目に言いたいことが
言えないもどかしさに耐えながら
絵を描くのかもしれない
うたをうたうのかもしれない
それが言えるような気がして
人が恋しいのかもしれない」

「淡い花は
母の色をしている
弱さと悲しみが混じり合った
温かな
母の色をしている」
 
2008年03月08日 10:51 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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米津千之先生再び 「みたまのさち〜海彦、山彦のはなし」
「みたまのさち〜海彦、山彦のはなし」
米津先生は明治45年生まれの95才。
今最高の境地という。

「自分の“みたまのさち”のまま、生きていけばいいんだよ。
古事記の”海彦、山彦のはなし”は、
その人の持っているみたまの幸を大事にし、
他の人のものをほしがったり、うらやましがったりしてはいけませんよ
という教えている。」
自分がなになのか、
それがわかり、
そのことを一生の仕事として
生きて行けたら
どんなに
幸せなことだろう。
これが
『みたまのさち のまま生きる』ということだ。

自己のみたまの幸を しっかりと身に修め
いつも明るく朗らかに・・・先生の最新作
 
2008年03月08日 10:46 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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生きて会えなかった 故中村天風氏(天風会)  

米津先生からどれほど天風先生の
ことをお聞きしただろう。
まるで、うちの祖父のように
慕うまでになっている。
天風先生の書かれた「輪」という文字を毎日見ている。
哲人。文人。道の人。

「人生、人として生きる者は、
どんな場合にも、即ち、健康の時でも不健康の時でも、
また幸運の際にも、不運の際にも、否どんな苦難不如意の時であっても、
その心は断固として積極的に、厳として把持しなければならないというのが、
人間に与えられた宇宙真理であると同時に、
また人として厳守すべき自然法則だと徹底自覚されたことと信ずる。
わたしが、常に、
身に病ありしといえども心まで病ますな。
運命に非なるものありといえども、心まで悩ますな。
・・・・・・
夜一旦就寝しようとふとんの中に入ったら
たとえどんな悲しいことや、腹のたつことや、その他気にかかることがあっても
それを断然明日の宿題とすること、
すなわち今、まさに自分は一日の疲労を休養するため
これから睡眠をとるのだから
精神も肉体と同様に安息を与えなくてはならない。
だから
当面している人生の一切の事柄は
明日目が覚めてから分別考慮しようと、
特に消極的にこころを陥らすような問題は
悉く明日回しとして
出来るだけ朗らかさと活き活きとした勇ましさを感じ得るような
ほほ笑ましいことだけを心に連想思考せしめるのである。」
                  中村天風「真人生探求」より 
先生の哲学を継ぐ人でありたい。

 
2008年03月08日 10:33 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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田中利典さん(金峯山寺・山伏さん)
愛染明王をインターネットで調べているときに
吉野山人のサイトに出会った。
おなじ考えの人がいるんだ〜と、嬉しくなり、
4年も前に書かれたサイトだったがメールを打ってみた。
返事が来た。そして、田中さんと出会った。
金峯山寺の執行長で、
日本の修験道を絶やさないようにと活動している人だった。
節分の日、お山に登った。
「鬼も〜内、福も〜内」といって、豆を鬼にまいた。
この日、日本中の鬼がこのお寺に集まるということを知った。
発願が大事と云うことを
田中さんから学んだ。
 
2008年03月08日 10:32 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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お会いできなかった 故金山穆詔大僧正
言わずと知れた 金山穆詔(かなやまぼくしょう)大僧正。
辻雅榮さんからそのすごい生き方を学んだ。
生きてお会いできなかったが
雅榮さんのおはなし、中村公隆先生の生き方をみていて
どれほど魂の深い方だったかということが
想像された。
金山先生がこの世に生まれたことを
天に感謝。
 
2008年03月08日 10:10 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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中村公隆山主様(鏑居寺)

 鏑居寺(かぶらいじ)さんは、霊的な場所。
雨がざぁざぁ降る中お参りに行った。
愛染さんは中に入れなかったが
不動明王さんと弁財天さんのお堂に入ることが出来た。
すばらしい清浄で荘厳なお堂。
いままでに感じたことがないほど霊的な気持ちになった。
偶然(は、ないね)、金沢・宝泉寺の辻雅榮さんから
このお寺の名前が出たときには驚いた。
雅榮さんが護摩を学びにいったのが、ここの住職の中村公隆先生だった!

故金山穆詔大僧正の護摩を行している方と、聞いた。
「うちの住職は拝むのが大好きな人で・・・午前中は毎日ずっと護摩たいてます」
という鏑居寺のかたの話しがわたしのこころを打った。

ご高齢と聞く。
人が変われば場所も建物もすべて変わる。
肝に命じよう。
一度お目にかかりたいと願う。

 
2008年03月08日 10:06 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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辻 雅榮さん語録 「自分の身にまだ備わってないということ」
金沢の宝泉寺の辻 雅榮(がえい)さんは、
行の人。
いつも頭が下がります。
広げようとか
こうしようとか
自分が思わんでも
そないなるようになっていく。
そうなんですよね。
いつも自分の欲我を見せつけられるように思います。
雅榮さんは鏡の人。
自分の姿を直視しにお山に登るんですね。

「一人いたらええということです。」
「その一人は誰ですか?」
「いません。それは、自分がまだそこまで行ってないということでしょう。
自分の身にまだ備わってないということですわ」
・・・・・
自分の身の回りをきれいにすること
まごごろで生きること。
 
2008年03月08日 10:01 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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大橋正叔先生(国文学者・天理大学副学長)
322年ぶりで再演となる「賢女の手習ならびに新暦」という
お芝居を上演するにあたり、
いろいろ調べているうちに
大橋先生と出会うことになっていた。
しかし、大橋正叔先生とお話しして、
意外なことがわかり悩んでしまい、
本が書けなくなってしまった。
でも大橋先生と出会えたことは、
本当に本当にありがたいと思っています。
知らないより、辛くとも知った方がずっといいのです。
わたしはなんと知らないことかと思います。
死ぬまでに
なにを知っていけるのだろうか・・・
とも思います。
大橋先生は、誠実な学者。
ハートもあったかく、
昔上演されたものを
今再演する意味が常に問われますが、
大橋先生とおはなしすると、
わたしはこころが落ち着いてくる。

 
 
2008年03月08日 09:53 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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天外司朗さん(作家・サイエンティスト)
「悩み」生き方のサイエンスの本を読んだ。
気持ちを
素直にしてくれたすごい本。
いっぺんにわたしは、気持ちが楽になった。
共感した本。
すごい本。
天外(てんげ)さんの精神は、ここまで行かれたんだと思った。
不思議なご縁で出会ったことを
心からありがたいと思う。
わたしも
この世の秘密を
もっともっと知りたいと思います。
出会って、もう15年近くなると思う。
D博士は
ますますこの世を深くに生き、
人々に希望を与えつづけている。
素晴らしいことと思う。
 
2008年03月08日 09:42 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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お会いしたことはないのです 故阿部國治先生(国文学者)
「原始人兼最高の文明人を目指すのが、私の教育の基本原理です。」
「ホンモノとニセモノとを見分ける力を身につけなさい」

本当の学者。
命がけで学問した人。
阿部先生は、なんという幸せな人生を生きられたことだろう。
わたしも「かくの如くありたし」と願う。
先生の本を読みながら、古事記の読み方を学び始めている。

阿部先生の「新釈古事記伝」を書く決意を先生がこう書いている。

「《本文》となっているところは『古事記』の原点と『古訓古事記』とを
"みたましずめ"をして、いわば、心読、体読、苦読して、
"何ものか"をつかんだ上で、その"何ものか"を
なるべくわかりやすく、現代文に書き綴ったものであります。」

先生は、ずいぶん前に亡くなられたが
きっと
先生のお弟子さんと出会える時が来るだろう、と
密かに決めている。
 
2008年03月08日 09:40 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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山下勝美さん(ラパス 東京・国分寺駅前)
山下さんは料理一筋。
おしゃれなスペイン料理のレストランを開いている。
コックの山下さんは、昔からの知り合い。
城谷(しろたに)の名前を出してください。
場所は、
JR国分寺駅北口から徒歩3分(西武多摩湖線駅徒歩30秒)
住所は国分寺市本街4-12-22 042-322-7225 (40席)
お勧め料理いろいろありますが、
コース料理がお得 3,500円〜お願いできます。
墨のパエリエとアイスクリームは絶品。
大人の雰囲気で、お値段も気軽。
お味は、私が保証します。(お休みは毎週月曜日と第2火曜日)
国分寺駅もきれいになって、びっくり。
北口は小さなかわいいお店屋さんもたくさんあり、
楽しめます。
 
2008年03月08日 09:34 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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砂田直規さん(オペラ歌手)
オペラ「源氏物語〜須磨明石の巻」で夫婦役をしたのが出会い。
もうかれこれ13年ぐらい前のことになるかな・・・。
感じのいい方で、心に残った。

この5月29日からの『賢女の手習い並びに新暦』に
ご出演頂く。
まったく私に引き寄せられたような再会のドラマがあった。
私は、声のいい歌の歌える男優さんが必要だった。
2年前、砂田さんが花束を持って
舞台稽古に現われた。
「明日初日なんだね、1日まちがえちゃって・・・」
わたしは思わず
「砂田さん、つかまえた〜」
と叫んでいた。
1日間違えたのは
天からの贈り物である。
今最後の稽古に励んでいる。
砂田さんのバリトンが
観客を魅了してくれると思う。

本当によくぞ出会っていたものだと
この出会いに感謝である。
 
2008年03月07日 21:13 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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多田野弘さん(タダノの創立者)   

「生きること働くこと」  多田野弘著 
「儲ける企業は駄目だ。儲かる企業でなければならない。」
と市村社長もいっています。
では、なぜ企業目的がハッキリすれば会社が儲かるのかというと、
1 科学的合理的に経営されなければならない。赤字が続けば必ず潰れる。
2 人間的側面。人を通じて経営が行われている。
この2つの相反すると思われる要素が
調和し統合できるか出来ないかは
経営目的はなにかによって決まります。
経営目的が社会に貢献することにあって、
利益はその結果であるというときのみ
企業の持つ2つの側面が調和し統合できるのであります。

なぜ調和統合できるのかといえば
人生を生きる目的が
社会に役立つことであり
その役立つことによってその人が生かされるという
人間の生きる目的と
企業の目的とが一致しているから
社会からその存在価値を認められ
評価され
尊重され
発展成長を期待されるのです。

生きる目的をどう考えるかによって
人の一生を大きく変え
経営の目的をどう考えるかによって
会社の将来を大きく左右するのです。

※多田野さんは、本当に素敵な方。
また逢っておはなししたいです。
 

 

 
2008年03月07日 21:10 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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神戸保さん(照明家)
なにか、深い縁があるのよね、きっと。
この公演も結局
神戸さんに手伝って貰うことになった。
ありがたい。
きっとなにか縁があるのよね。
神戸ちゃんの照明はとてもいいのだ。
わたしの感性に響いてくる。
今回も頼みます。
安心できる照明さんである。
 
2008年03月07日 21:09 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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ツイてる人 故岡本喜八映画監督
奥さんに恵まれた人。
みぃ、と奥さんのことをよび、300日間のガンの闘病生活を送り、
奥さんの腕の中で息を引き取った。
どうしても撮りたい。映画館にかからなかったら、ふすまに写してでも撮りたい。
その言葉に、奥さんは奮起した。
定期を2年預かり、その担保で銀行からお金を借りて『肉弾』を撮った。
1960年のこと。賞をたくさん取ったが、大きな借金が残った。
映画にかかるお金は、舞台のソレよりも金額が大きい。
わかる・・・。映画を撮り続け、ガンになった。
そして、痴呆症も出てきた。奥さんのことも分からなくなり、
ある日、娘にこういった。
「好きな人がいるんだ・・・。結婚したいと思っているんだが・・・」
娘さんが驚き、「へぇ、そうなんだ。どこの人?」と聞いた。
「名前はわからないんだが、今、散歩に行ってる。」
「え〜!」それは、妻のみぃさんのことだった。
痴呆になった監督が、今一度好きになり結婚したいと思った人が奥さんだった。
わたしは泣いた。素晴らしいと思って泣いた。
娘さんが「最高のカップル」を誉めた。
苦労を分かち合えるパートナーがいることがどれほど豊かに暮らせるのか。
よかったね、岡本監督。
ご冥福を祈ります。
成17年2月16日81才の誕生日の数日後多分19日死去。
 
2008年03月07日 21:08 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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山本けいこさん(女優)
エール大学の大学院で教えた。
彼女は日本人初のドラマ・スクール・オブ・エールの卒業生だ。
何しろ800人の中から16人しか大学院に入れない。
彼女が1年生の時に、エール大学大学院に招かれ、1〜3年生を教えた。
この春帰国。
今次の目標に向かって充電期間中。
丁度タイミングよく再会した。
東京の舞台2日間、本当によく手伝ってくれた。ありがとう!

けいこちゃんは
大丈夫。
きっと自分の本性を見つけるだろう。
彼女がなにをみつけるのかとても楽しみだ。
わたしは彼女を愛でながら待つ。
 
2008年03月07日 21:07 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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神音(カノン) 石川県羽咋市神子原の喫茶店
古い農家を喫茶店にして3ヶ月。
この目印もないようは喫茶店を人々は探してやってくる。
おだやかなわかい夫婦が、
小さな子供を抱えながら
始めた喫茶店だが
大当たり!
なつかしくて
ほっこりできて
コーヒーがすこぶるおいしい。
水がおいしいことと
入れる亭主のハートがあったかいから
淋しくなったら
カノンへ行こう。
 
2008年03月07日 21:05 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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 すごい人 フジコ・ヘミングさん(ピアニスト)
お会いしたことはない。
なんという人生を歩いてきた人だろう。
バーンスタインに見いだされ、
恋し、1年でも1ヶ月でも一緒に暮らしたいと思い、恋文を書こうと思った矢先
バーンスタインはあの世にいった。
「モーツアルトも晩年はお金が無くて
皿洗いに雇ってくれといったら、そのレストランの人に頭を殴られた、
という話しは有名よ。彼は死んだけど、わたしは生きている。
世に認められて恵まれているわ」
「昔のあの体験が、今のわたしの音楽になっている。
あれがなかったら今の私の音楽はないわ。だからすべてに感謝しているの」
「批評家は、自分で出来ない人のことよ。ある時コンサートがなくなったのに
次の日には批評がでていたわ。批評なんて気にしない」

すごい。本当にすごい。
頭を垂れる思いだ。
一緒に演奏している人が泣くのだ。

「人はみんな自分と違うことを認めるのよ。
寛大であることが人間として、もっとも大事な要素ね。
ラテンがすき。だって、たばこを捨てる人がいても気にしないもの。
寛大でしょ」
 
2008年03月07日 21:04 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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なつかしの人 島田正吾さん(俳優)2004年11月26日死去98才
直接お会いしたことはなかったが、
長年舞台を拝見してきた。
96才まで舞台をつとめた人。
最後の舞台の挨拶は
「おふろに入って100まで数えて、お〜!と立ち上がります」
と100才の舞台を夢見ていた人。

87年に新国劇が解散して、89年に辰巳柳太郎さんが亡くなり、
島田さんは一人になった。
そして、
小さな部屋での一人芝居が
91年から新橋演舞場での一人芝居に繋がっていったのだ。
最晩年は、チケットもすぐに売り切れた。
ラッキーなことにわたしは
最後の舞台、02年5月のひとり芝居『夜もすがら検校』を見た。

中村歌右衛門さんと共演した「建礼門院」
玉三郎さんと新派での共演「十三夜」
なんというありがたいことだろう。
島田さんの舞台が目に焼き付いているのだ。
素晴らしい舞台は、
魂を磨いてくれる。
 
2008年03月07日 21:02 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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宮本保さん、光子さん(仏壇店 羽咋市)
きれいなきれいなお店。
宮本保さん、光子さん夫妻が
清らかにお店を営んでいる。
仏事を大事に
誠心誠意、命を尊んで仕事されているのを強く感じた。

出会いは・・・
この旅上演した「賢女手習并新暦」というお芝居は
清浄な場にして物語を始めたいと思った。
「香をたきたい・・・」
初日は石川県の羽咋市(はくい)。
乙部順子さんに「香がほしい」と相談した。
「知人が羽咋で仏具屋さんなので、聞いてみる」
なんという偶然だろう(この世に偶然はない!)
乙部さんのご主人の有田さんの大学の同級生のお店が仏具店だという。
その夜、
ホテルに光子さんが来てくださり
高価なツメシャムと沈香を下さった。

「場を清浄にしたい」という、夢が叶った。
大阪、京都の能楽堂でたくことができた。
清められた。

ほんとうにありがたい出会いであったし、
これからも末永く
ご夫婦とお店と繋がっていきたいと思う。

和の輪劇場は
宮本さん夫妻のこころのような
劇場にしたい。
 
2008年03月07日 21:00 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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リック・チョイさん(ニュージャーシー州で会社経営)
今回のUSAの旅で出会った人。(この出会いも準備されていたのだろうか・・・)

リックは韓国からUSAに渡った韓国人。彼はこう話す。
「20才までは両親に庇護された。
39才まで韓国で働いた。
40才でUSAに渡った。60才まで一所懸命USAでに働いて
60才でアフリカに行き、
自分の名前の財団をつくり、
いろんな国の親のいない貧しい子ども達を
あつめて、一緒に暮らし、子ども達の父親になる。
そして自叙伝を書く。
死んだら身体は解剖のために医学に捧げてこの世に残さない」

彼は数年前に、事業に失敗し、全財産をNYで無くし、
今の職業に変えた。写真、HP、営業、掃除、経営、全部自分でやる。
去年カソリックでホーリーネイムを貰った。
毎日、1ドル貯金をして、年末365ドルを寄付する。

「1ドルあれば、一人の子どもが1日生き延びることが出来るのです」
と、まだまだ厳しい生活の中で1ドルを捻出している。
「水を家から持って行き買わない、メニューで1ドル安いものを買う」
カソリックへの信仰により
自分の生き方が全く変わった。このことが神の奇跡だという。

リックは明るい。
はなしを聞いていて
わたしのこころがうれしがった。
リックに幸せあれ!
(彼の会社の名前はGUESSO。ただいま従業員5名。www.guesso.com )
 
2008年03月07日 20:47 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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河合隼雄先生をしのんで
1928年6月7日〜2007年7月19日没

先生が亡くなられてさびしい。
この世で生きて出会うことはなかったが、
影響を受けた。

「ユング心理学と仏教」
「神話と日本人の心」
「宗教と科学の接点」
「生と死の接点」
「こころの天気図」
「こころの声を聴く」
「魂にメスはいらない」
「中年クライシス」
「イメージの心理学」まだまだある・・・

ユングを日本に紹介した人
箱庭療法を広めた人
心理療法、カウンセルを日本に根付かせた人

これだけたくさんの本を書かれていて
しかも、どの本もオリジナリティがありおもしろい。

どうぞ安らかにお眠り下さい。
 
2008年03月07日 20:46 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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