私たちは、日本の伝統芸能、文化の継承者を育てます。私たちは、日本の文化を世界のひとたちに紹介します。
2008年03月
昨夜は11時から午前1時まで 世界フィギアの男子決勝戦をかっちゃんと見る。 大舞台で力を発揮する、自由にスケートする、このことを わがこととして観戦。 女神は誰に微笑むのか。 米長さんが「女神は笑いと謙虚を好む」ということばを思い出す。 明るく光り輝く人が女神は好きだ。 緊張感は恐れだ。勝ちたいけれど、負けるんじゃないか、失敗するんじゃないか、 一番悪いのは、相手よ、失敗してくれ。これは最悪。 わかっているのに、思ってしまうことはないか。 「嫌い」という感情には、「嫉妬」が混じっている。 こまったもんだ。=これは自分に言っている言葉。 今朝はゆっくり起きた。7時半。 朝食をとり、着物に着替えて9時40分に家を出る。 今日はお彼岸最後の日なので道が混んでいるかな、と思ったが、 意外に普通だった。 三好徹が「板垣退助」のことを語っているテープを聞きながら米津先生のお家に急ぐ。 ちょっと感動。板垣と西郷に興味がわく。 井上馨がどんなことをした人間なのかも知りたいと思った。 米津先生のお家に11時前に着く。 すぐに、阿部國治先生の本を探す。 天の阿部先生のサポートを感じる。2冊とも見つかった。 これでよし。古事記上演への道が開けた。 米津先生に、阿部先生の解釈による「古事記」を上演するので 絶対に見てくださいね、と約束する。上演は多分2010年。 この1年をかけてわたしは一人で研究し、来年の古典研究会は「古事記」1年かけてみなで勉強する。 今日はお休みが多く、 武藤さん、矢萩さん、三須さん、蓮見さん、荒武さんと美女ばかり。 みなで「小倉百人一首」を21〜30番まで研究。短歌もみな上手に作った。 チャクラに色を重ねる瞑想を行う。 船橋へ帰る蓮見さんと三須さんを車に乗せて帰宅。 夕食は自宅でかっちゃんと。 今夜は、え〜っと、鯖の塩焼き(大根おろし)。かじきの煮付け。 韮たま。こんにゃくと油揚げ、人参、キノコのピリ辛ごま油炒め。 味噌汁は今朝の残り物(とうふとわかめ)。 かっちゃんが昨日作ったホタテの煮物と、ハッシュドビーフ。 そうそう、ハムの残りもだしたな。 今大変気に入っている「篤姫」を見る。 9時から急に台所の掃除を始めた。冷蔵庫の中も整理し、ゴミを出し、 床も吹き出して、掃除が止まらなくなる。階段まで拭く。 明日は、12時に京王プラザに行く前に、東京駅に寄ってカードを取りに行けたらいいな。 9時30分ころ家を出ればうまくいきそうだ。 北松戸〜東京駅〜新宿〜京王プラザ〜成田。 25日にはLAだ。 ノートパソコンは持っていくのをやめた。 あちらで書くのは「にちれんき」 構成して覚えるのは「昔の女」 読んで考えるのは「阿部先生の古事記」 義太夫の稽古は「尼崎の段」 考えるのは「和の輪の今後のこと」 海を渡っても、わたしの心も意識も日本から離れない。 わたしが望んでいることは、 わたしの人生を変えてくれる人と邂逅したい、ということ。 懐かしい友人たちとの再会と、前世からの約束の人とこの旅で再会したい。 お互いに影響しあえ、なにかクリエイティブなことができる人。 その人はどこの国の人かわからない、男か女か、年齢もキャリアも。 わたしがわかっていることは 会った瞬間にお互いに「この人だ」とわかる、ということ。 わたしが次のステップに進むために、なにかが始まっているような予感がする。 3月17日を境に、わたしの中で変化が空き始めている。 身体の中の変化は、何かを引き寄せる。 その人がUSAにいるような気がする。 アメリカの人かどうかはわからないが、この旅で出会えることを期待する。 その人も、わたしとの再会を待ってくれていたらいいな。 日本を発つ前の日に、出会える人がいることは幸せ。 明日は本当に楽しみだ。
舞台は神事である。 神託をうける場所である。 意味のないもの、慰みものは、神事とはいわない。 見た人の魂をゆさぶるものが神事である舞台の真髄。 あだやおろそかに舞台は踏めない。 みそぎをして 神のことばを人間のドラマにして 人間に語る。 人間の魂に届く舞台を務める。 日頃の修行と自分のあり方によってしか 次のドラマは与えられない。 神が降りてきて 人間のことばで物語る。 神が降りることができるような環境=場所、こころ、からだ、魂であることが、 一番大事なこと。 引き受ける。 自分の人生丸ごと引き受ける。 自分の至らない点も、短所も、すべて、今の自分を丸ごと引き受ける。 自分が引き寄せたものすべてを引き受ける。 いやだと思うものも、自分の成長に必要であろう。 なぜいやなのか、いやなものが、自分の見たくないもの=つまり自分のいやな面かもしれない。 蓋をしないで、全部さらけ出したとき、 この問題が二度と起こらないのかもしれない。 逃げている限り、避けている限り、 自分が嫌だと思うことを必ず引き寄せる。 人ではない、出来事ではない、 つまりはそれこそが、自分の前世から持ち越したカルマであり、 なんとかもう一度挑戦しクリアしようと、自分で引き寄せた問題解決のチャンスである。 せっかく引き寄せておきながら、まるで他人事のように これさえなければ、この人さえいなくなれば、と逃げたり避けたり、悪口言ったり、 いかんいかん。 困難、問題、嫌な人は「喜ぶべき来客」「カルマの先生」だ。 3月17日の爆発から1週間。 クリアになりました。 いやなことをいってくれてありがとう。 もう大丈夫。 和の輪庵も、みんなの気持ちが集まった時、 きっと出来上がる。 ちりとてちんが、共時性を起こし わたしにメッセージを伝えてくれている。
3月17日に和の輪の総会が終わってから またたくうちに4日が過ぎた。 一度爆発すると なにかが壊れて、内から新しい考えがわいてくる。 わたしの爆発というものは マグマを噴出させるためのものなのかもしれない。 どんなにメンバーを変えても わたしの内なるマグマを噴出させる必要がある時には 呼び水となるような人を必ず引き寄せるのだ。 メンバーを変えてもそれは同じことと、諦めたほうが良い。 メンバーのせいではなく、 わたしの内なるマグマのせいなのだ。 わたしは怒り怠惰になり、自己正当化するが、 ふと気付くとまったく別の考えが、ひらめき、そうなると、そのきっかけをつくってくれた その邪悪なる人に感謝するのだ。 まさに人生とは気づきだ。 気づくまで、ひつこくひつこく同じ問題が起こるであろう。 19日には図書館へ行き、またどっさり本を借りた。 岡本太郎、ジャコメッティー、鹿島茂、網野善彦、ケーテ・コルヴィッツほか。 探している本もインt−ネットで買った。 筧克彦「神ながらの道」帰国したら届いているだろう。 阿部國治先生の「ふくろしょいの心」は、日曜日に米津先生のところで探そう。 今朝、ついにうちの彼に渡邉満喜子さんの電話番号を聞いた。 義姉のことで、なにかのはずみに「見捨てないで、最後までかかわりきれないものか」と考えたのだ。 義姉は、ダイバかもしれない。 人とのかかわりに素直になる、ということが 本当は一番学ばなくてはならないことかもしれない。 つまり、人間はいかに偏見と誤解に満ちて物事を見ているかということを 知るのがこの世に生まれてきたすべての人のカルマだ。 すると、渡邉さんに電話したのだ。 すぐにつながり アメリカに行く前にお会い出来ることになった。 24日、お昼に新宿で。 うちの彼も職場からすぐ近いし、昼休みなので来てくれるという。 なんとうまくいくの。 多分こういうことなんだろう。 乙部さんに電話。24日のことを話す。乙部さんもわたしに会いたいことがあるので きてくれるという。 ちょうどいいよね、みんなで渡邉さんと会うととてもいいと思う。 今日、成田に荷物を出した。 このように、あのこともこのことも一緒に動いていくのね。 帰国したらすぐに旅なので、その準備もしている。 だんだん準備を早めに済ませるようになって来た。 出来ることは早めにやっておくことだ。 なぜなら、急なことに対応できるように。 思いつく限りの未来の段どりをするのがいい。 頭の中で動いている10本の線路に、特急電車から普通電車までこんがらがらない 正確なタイムですべてが整然と美しく進んでいくのが心地よい。 今動いている線路は・・・ 1 賢女〜の舞台のこと 2 にちれんきの舞台のこと 3 古事記のこと 4 むかしあけぼののこと 5 えしんにさまのこと 6 小倉百人一首のこと 7 秋ロシア行きのこと 8 秋サンフランシスコ行きのこと 9 まぐまぐ 10 読書 11 会報 12 HPのリニューアルのこと 13 個人レッスンのこと 14 コンセプトのこと 15 学校のこと 16 和の輪庵のこと 17 桐のこと 18 昔の女のこと あ〜〜〜〜もうやめよう。 10本どころではない、わたしの頭の中にはまだまだ線路はある。 今一番の線路は、アメリカ行きと、帰国後の富山での「賢女〜」実行委員会と、 羽咋で山主さまに「にちれんき」の第1稿の台本を見ていただくこと、 「昔の女」の語りを30分程度にして、アメリカで覚えることと、帰国後すぐに音楽をつくること。 何しろ舞台が5月2日だ。 これをきっと幸せな人生というのであろう。 なぜなら自分が幸せを感じているのだから。
出会ってすぐのころ、太郎さんはわたしにこういいました。 「『いつか』なんて絶対にない。 いつかあるものなら、今、絶対にあるんだ。 今ないものは、将来にも絶対ない。だから、『いつか』なんで言っていちゃ ダメなんだ。」 ・・・・・ モチーフというのは、言い換えると、どれだけその人に 「表現したい」「表現しないではいられない」という内的欲求があるのか。 それと、社会に対してどういうことを言いたいのかというメッセージ。 「どういうことを言おうとしているのか、自分でつかめていないのに、 人に伝わるはずがない」 自分が何をやりたいか、何を伝えたいかがわかっていたら、技術は後からついてくる。 それは突き詰めれば「どう生きるか」ということ。 ・・・・・・・ 「人間は、決して老いを認めるべきではない。年齢を理由に何かに挑戦する意志を すてるくらいだったら、自殺する」 「それほど危険な道なら、やってみようじゃないか。 引き受けて傷だらけになってやろう。」 「自分の中にどうしても譲れないものがある。 それを守ろうとするから弱くなる。そんなもの、ふち壊してしまえ!」
目次 1 日本という国名 2 列島の多様な地域 3 普通の人々の呼称 4 誤解された百姓 5 富士友人と職能民 6 被差別民の呼称 7 商業用語について 8 日常用語の中から
決してフォルムのためでなく、 また造型のため、 美学のためでも決してなく その反対だ。 立ち向かうこと、絶対的に。
遊び、そうなのだ、 性愛、そうなのだ、 不安であること、そうなのだ、 破壊的であること、そうなのだ。 1932年頃
お金は人を狂わせる。 お金がないと 人はどうして かくも不安で疑心暗鬼でいらいらと してしまうのか。 お金がなくても 才能を伸ばせて 自由に明るく 生きていくことはできないのか。 図書館の本を読んだだけで すごい女優になれないか 夕陽や星を眺めただけで すばらしい舞台ができないものか 瞑想しただけで セリフが全部頭にはいらないか 食べなくても生き生きと よれた服でも品よくみえないものか お金がなくても 芝居を続けることはできないものか お金がなくても 嘆かないで、 人をうらやましがらないで 自分を卑下せず 気高く生きていけないものか わたしはきっとストイック。 資本主義社会では堅物で 成功しないタイプなんだろうな。 自分の中に巣くっている敵意が 数年に一度爆発する。 それはわたしが今世のりこえなければならないテーマ。 プライドと偏見 貧困と富 嫉妬と愛
和とケガレの巻
昨夜TVを見た。 泣いた。 戦争犠牲者の数は数字であって、 ひとりひとりの人生が数になってしまう。 ひとりひとりに 人生があるのだ。 「もう殺さないで。殺すならわたしだけを殺して」 東京大空襲が1945年3月10日、その後終戦まで アメリカによる人殺しが続いた。 朝鮮の人たちへの 日本人のむごい仕打ちも TVで描ける時代が来たということか。 殺された人は 殺した国や人を 簡単には許せないよな。 歴史は 殺戮で満ちている。 出来ることなら 殺さないで、殺されないでこの世を生き抜きたい。 「知らない」ことを「知ったとき」 あなた、小夜子よ、どうするのか。
正月から続いていた一連の仕事が とりあえず昨日で一段落。 今日からまたあらたな仕事へのスタート。 昨日、和の輪の第7回通常総会が終了。 自分の発言が、ひとにどのようにマイナスの影響を 与えるのかを実感できた出来事があった。 私も気をつけよう。 わたしも弱いよな。 急に秋の東京公演をやる気が失せてしまったのだ。 お客が入いろうと、入るまいと、しったことじゃない、 お金が払えようと払えまいと、そっちでやってくれ〜、 と、そっちの人に言えればいいが、 わたしには そっちの人がいないのだから、 自分で予算を立てて自分でやるしかない。 これは誰のせいでもない、わたしのカルマだ。 素晴らしいスポンサーに恵まれて、大きく世界の舞台に立っている人も いる。その人はきっと前世でがんばったのだ。 わたしも今世は 「サイのごとく一人歩め」だ。 ついつい人に期待したり、 せめてこのくらいは・・・と思ってしまうダメな私。 来週から4月は下旬まで、アメリカ、北陸、関西、と旅が続く。 5月の連休に山口に行き、 朗読をやるというはなしがあり、 わたしは「うん、いく」と簡単に約束してしまっていた。 そのためには、 作品を作らなくてはならないし 山口までの交通費もかかるし この間ずっと、 お断りする気持ちにうごいていた。 作品は小松先生の「昔の女」と決めたのだが、 経済的に困難の状況にあるのに どんなものかと、 昨夜乙部さんに相談した。 あにはからんや、乙部さんは意外にも 「行けばいいじゃない」と賛同してくれた。 「だって・・・お金がかかりすぎるよ・・・」 と言ったのだが、乙部さんは前向きだった。 約束した、ということ。相手は期待しているよね。 本番は5月2日。 ということは、 アメリカに発つ前に、つまり今週中に 台本を作る必要がある。アメリカにいる間にセリフを覚え、 帰国して音樂を作る。 実は、4月17日に、山主様に近松の「にちれんき」を読んでいただくことになっているので アメリカにいる間に台本を作る予定なのだ。 ロス、NY,サンフランシスコと広いアメリカを旅しながら セリフを覚え、新作浄瑠璃を書いてしまう。 すごいなぁ、 出来たら本当にすごいなぁ。 乙部さんの後押しが ありがたかった。 さぁ、今日はアメリカ行きの荷物を作ろう!
NHK討論の学力を見た。 日本はそうとう格差社会になっているということ。 わたしは小さい時からずっと 貧しいので、お金持ちの人たちの生活がどんなものか よくわからない。 お金がないなりに 我慢して 始末して 節約して ほしがらないで 魂と志のことを 考えつづけてきた。 ということは、 わたしはたぶん、本当に貧しくはなかったのかもしれないし (京都という土地のせいかもしれないが、 そろばん、書道、いけばな、三味線を習っていたし、着物も作ってもらったもんな・・・) 実は、わたしは相当貧しいのに あまり気にならないのかもしれない。 それは、京都に誇りを持っているからかもしれない。 人はみな、それぞれの価値観を持っている。 はたからみたら わたしが、まさかこんなに貧しいとは思われていないのかもしれない。 だって、お姫様の役もやるし、女王様の役もやる。 なんにでも染まれるように 日頃はなんにも染まっていないほjがいいのだ。 それが女優の仕事。 わたしにとって 大事なのは 演劇の女神に見放されないことなのだ。 なにを、どこでいくらのものを食べたか どんな値段の服を着ているのか さいふにいくら入っているのか・・このことはわたしにとって大した問題ではない。 お金や 学歴は 俳優の魅力やうまさに 関係ない、といいたいな。 いえないけど・・・。 むしろ、お金や学歴なんかに翻弄されないで、 品格ある人格を作り上げようよ、といいたい。 SFで100ドル予算で、何着買えるのか、わたしは楽しんでいる。 20着は買うつもり。気にいったものなら、5ドルの服でも平気だ。 1週間200ドルのホテルでも平気だ。 必要な時には かならずお金は入ってくるものだ。 わたしには 健康な体と おいしいと感じる舌と 友人と家族と やる気と アイディアと ぐっすり眠れるふとんと 行動をいとわない心がある。 これ以上、なにを欲張るのか。 「ふたつよいことないわいな」 お金がなかったら 知恵を出そう。 知恵が出たら お金が寄ってくる。 しかし、実際に苦しんでいる人たちを どうしたら助けることができて、 みんなが幸せに生きていけるのか。 素晴らしい日本にしたいという気持ちは 一杯ある。 子供たちの学力を伸ばすことに協力したい。 すべての子供たちが 安心して、学ぶ喜びを体験してほしい。 そのためにできることを協力したい。 豊かで幸せな人たちの住む国。 1年で100万人が死に、100万人が生まれる。 20年で2000万人が死に、2000万人が生まれ育つ。 人口の6分の一がたった20年で入れ替わるのだ。 そりゃ国がかわるのは当たり前。 10年ひと昔とはよくいったものだ。 和の輪もすでに7年。 700万人が死に、700万人が生まれた。 時代を見つめて、本当に高い志をしめして 毎日を活動していきたいなぁ。 未来を作り上げるビジョンが大事だ。 この国をどうしたいのか。 そのために今なにをするのか。 どう築きあげていくのか。 理念とビジョンと仲間。
和の輪のHPを管理してもらっている。 出会ってもう7年になる。 美人で穏やかで とても魅力のある彼女は そのころシングルだった。 いい人との出会いがあり結婚。 周りをあっと言わせた。 去年2月21日 璃子ちゃん誕生。 若い夫婦は、子育て真っ最中。 友香ちゃんは、会社の経営と子育てと 両方やって、なおかつもう一人子供がほしいという。 友香ちゃんはすっかり変わった。 キャリアウーマンから 母親へ 大変身。 HPの会社も順調に伸びている。 天は自ら助くる人を 助くる のだ。
司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」を高校3年の時に読んだ。 夢中になった。 司馬さんが再発見した歴史上の人物が どれほどいるだろう。 目から鱗のように、歴史観を変えた人。 大阪人である。 「胡蝶の夢 1」より 「快適にその日その日を生きたい、という欲求が、 人間ならたれにでもある。 あらねばならんし、この欲求を相互に守り、 相互に傷つけることをしない、 というのが、日常というものの もと となるものだ」 だから、群居している人間の仲間で、 行儀作法が発達した。 行儀作法は相手にとっての快感のためなにあるのだ、と良順はいう。 「人間が、人間にとって トゲになったり、 ちょっとした所作のために 不愉快な存在になることはよくない」
米津先生からどれほど天風先生の ことをお聞きしただろう。 まるで、うちの祖父のように 慕うまでになっている。 天風先生の書かれた「輪」という文字を毎日見ている。 哲人。文人。道の人。 「人生、人として生きる者は、 どんな場合にも、即ち、健康の時でも不健康の時でも、 また幸運の際にも、不運の際にも、否どんな苦難不如意の時であっても、 その心は断固として積極的に、厳として把持しなければならないというのが、 人間に与えられた宇宙真理であると同時に、 また人として厳守すべき自然法則だと徹底自覚されたことと信ずる。 わたしが、常に、 身に病ありしといえども心まで病ますな。 運命に非なるものありといえども、心まで悩ますな。 ・・・・・・ 夜一旦就寝しようとふとんの中に入ったら たとえどんな悲しいことや、腹のたつことや、その他気にかかることがあっても それを断然明日の宿題とすること、 すなわち今、まさに自分は一日の疲労を休養するため これから睡眠をとるのだから 精神も肉体と同様に安息を与えなくてはならない。 だから 当面している人生の一切の事柄は 明日目が覚めてから分別考慮しようと、 特に消極的にこころを陥らすような問題は 悉く明日回しとして 出来るだけ朗らかさと活き活きとした勇ましさを感じ得るような ほほ笑ましいことだけを心に連想思考せしめるのである。」 中村天風「真人生探求」より 先生の哲学を継ぐ人でありたい。
鏑居寺(かぶらいじ)さんは、霊的な場所。 雨がざぁざぁ降る中お参りに行った。 愛染さんは中に入れなかったが 不動明王さんと弁財天さんのお堂に入ることが出来た。 すばらしい清浄で荘厳なお堂。 いままでに感じたことがないほど霊的な気持ちになった。 偶然(は、ないね)、金沢・宝泉寺の辻雅榮さんから このお寺の名前が出たときには驚いた。 雅榮さんが護摩を学びにいったのが、ここの住職の中村公隆先生だった! 故金山穆詔大僧正の護摩を行している方と、聞いた。 「うちの住職は拝むのが大好きな人で・・・午前中は毎日ずっと護摩たいてます」 という鏑居寺のかたの話しがわたしのこころを打った。 ご高齢と聞く。 人が変われば場所も建物もすべて変わる。 肝に命じよう。 一度お目にかかりたいと願う。
「生きること働くこと」 多田野弘著 「儲ける企業は駄目だ。儲かる企業でなければならない。」 と市村社長もいっています。 では、なぜ企業目的がハッキリすれば会社が儲かるのかというと、 1 科学的合理的に経営されなければならない。赤字が続けば必ず潰れる。 2 人間的側面。人を通じて経営が行われている。 この2つの相反すると思われる要素が 調和し統合できるか出来ないかは 経営目的はなにかによって決まります。 経営目的が社会に貢献することにあって、 利益はその結果であるというときのみ 企業の持つ2つの側面が調和し統合できるのであります。 なぜ調和統合できるのかといえば 人生を生きる目的が 社会に役立つことであり その役立つことによってその人が生かされるという 人間の生きる目的と 企業の目的とが一致しているから 社会からその存在価値を認められ 評価され 尊重され 発展成長を期待されるのです。 生きる目的をどう考えるかによって 人の一生を大きく変え 経営の目的をどう考えるかによって 会社の将来を大きく左右するのです。 ※多田野さんは、本当に素敵な方。 また逢っておはなししたいです。