長旅から帰りました。
今月も面白いなぁ。
21日の望年会は最高に楽しかった。
仲間が集まるとこんなに楽しいんだ。いい仲間に恵まれてつくづくしあわせと思う。
みんな、ありがとう!
22日23日は、催眠療法の勉強会。
いままでやってきていることに確信が持てた。
自分の力になったことがうれしい。
そして、新しい友人たちとの出会いがうれしかった。
来年は、催眠療法も大いに取り入れて講演しようと思う。
24日は米津先生のおうちで、2年間の浄瑠璃研究会の最終回。
来年からは、「古典研究会」と名前を変えて
また毎月第4日曜日に研究を続ける。
来年は1年間かけて「小倉百人一首」をふかく研究する。
夕方、三宮入り。
初美師匠のおうちに行き、
鶴澤友喜久姉さんと出会う。
夜の11時近くまで話込んだ。
25日は、朝8時過ぎに初美師匠のおうちに行き
車で浄瑠璃神社へ。
大阪文楽協会「因会」の総会に出席。
わたしは去年すでに会に入っていたが、
初美師匠の考えで欠席だった。
しかし、今年は、友喜久姉さんの復活と、わたし(初丸)のことがあり
なんと20年ぶりで出席したというのだ。
初美師匠への期待がどれほど大きいかを
感じた。
ということは、わたしもがんばらなくてはならないということだ。
総会が終わって初美師匠のおうちで
稽古。
30年やめていたという友喜久姉さんの腕のよさ!
若い時にどれほど稽古した人かと思った。
その姉さんが、わたしの相方三味線さんなのだ。
ありがたい。
26日は、朝から師匠のおうちに行って、
「尼崎の段」の朱(しゅ)を書き写した。
わたしは、譜(朱)が読めないし、書けないし、
「そうだ、師匠の朱をうつさしてもらおう」と思ったのだ。
もうちょっと前だったら、師匠も「あかん」といっただろうが、
黙って写させてもらえたということに、
師匠の「認」を感じる。
6時間かかって写し終えた。師匠も具合がとても悪そうだったので、
稽古しないで帰る。
あいりさんで忘年会。
祥子ちゃん、かのこさん、太田さん、中山さんら6人で鍋を囲む。
かけがえのない神戸の友人たち。
楽しかった!
27日は、午前中、あいりのママの紹介で「しのだ」氏に会いに行く。
ママのところのお客さんで、
わたしの「心中天網島」のテープを聞いて
「まちがいがある、としのだせんせいが言ってるんだけど・・・」と、ママがわたしに連絡してきてくれた。
「是非とも教えてください」と、12月にお会いすることになったのだ。
その時、
わたしはてっきりうちの理事の篠田先生と思い込んだ。
篠田先生が、そのテキストを作ってくれたからだ。
篠田先生の間違いがあったんだ・・・とわたしは思い込んでいた。
27日に、やっとのことで、芦屋のしのだ先生の研究室に行き、
名刺をいただいてびっくり仰天した!
かの有名な『信多純一』先生だった!
信じられない!
近松研究者としては、日本でトップの先生。
その先生の研究室にわたしは知らずに行ったのだ。
天の近松さんに感謝した。
こんな思いがけない形でお会いすることになっていたとは・・・!
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