小夜子の世界

2004年02月

滝本千代さん (白霊社)
 出会いは、野澤吉平師匠のお祝いの会の席上。たった一度の出会いだった。10年後、私の名刺が急に出てきたといって、千代さんから電話を貰った。「5年前から夫婦で無宗教の葬式社をやっている。一度会えないか」奥様がなくなられ、野澤吉平師匠のお加減がよくないということだったので、急いで時間をとって、師匠の家に行く。ほとんど私のことは思い出されないようだった。  2ヵ月後師匠は静かに昇天された。10月19日。次の日は初美師匠が神戸から来ることになっていた。 不思議なめぐりあわせを感じた。夜おうちに飛んでいって、ご遺体を拝んだ。滝本さんから舞台を作りたいと相談された。阿部さんに助けてもらった。 お通夜もお葬式もいけなかった。初日、野澤吉平師匠の名前で大kな花が届いた。泣いた。嬉しくて泣いた。ありがたくて泣いた。  このお二人は本当に頭の下がるお仕事をされている。「死者に仕えるのが和の輪達したちの仕事」すごいね。人は生まれたら必ず死ぬ。わかっているのに、自分だけは明日も死なないと決めている。そしてお葬式や遺言はタブーなのだ。  よき再会であった。お二人で力をそろえて一人一人見送って欲しい。
 
2004年02月22日 09:52 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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桂九雀さん(落語家)
 紹介は、ハリウッドにいるビル・クローリィから。 ビルが日本にいるとき、英語落語をやっていた枝雀師匠の元で勉強していた。その兄弟弟子で仲のよかったのが桂九雀さん。丁度2月13日に毎月やっている落語会があるということで、豊中に聞きに行った。  おもしろかった。お客さんも大勢だったし、ゲスト出演のたまちゃんもよかった。  終演後、出演者たちで打ち上げ。奥さんがおはやしさんでかつえらい若くてきれいで九雀さんと夫婦のようには見えないのでびっくりした。しかも5つの子供があるという。えぇ!と驚く初々しさである。三味線もしっかりしていたし、まるでちょっと昔の落語家さんの恋女房のようだった。  桂九雀さんの落語は好きだ。人柄もいいし、何より古風なところがある。アナログの心をもった芸人さんでほっとする。これからが楽しみ。
 
2004年02月15日 09:53 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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薗(石川)はじめさん (内科医。医学的立場から禁煙運動を全国で展開中)
 薗はじめさんは禁煙運動の最先鋒を行く日本でも有名なお医者様。  打ちの小百合と石川さんちのみがき君が同じ幼稚園で、小百合があと数日で22歳だからもう19年の付き合いになる。  仲良くなった理由は、うちとみがき君だけがおばあちゃんが送り迎えをしていた。私は旅から旅の生活だったし、はじめさんは筑波大学医学部の学生だった。離婚して、息子を両親に預け彼女は医者の勉強を何年も続けた。ついに資格を取り、弘前に一家で旅立った。みがき君が小学校5年生のときだった。それから10年弘前で医者として活躍。7年前に喫煙と病気との関係をはっきり知り、2次被害をこうむり肺がんになる人もいたことから禁煙運動を一人始めた。前進座時代弘前公演で再会出来て大いに禁煙の話を聞いた。そのなかで今のご主人となる薗医師と出会い、3年名に再婚。尼崎に引っ越した。勿論石川さんちのご両親も一緒に。みがき君は筑波大学で医者の勉強をしている。子供は親の背中を見て育つらしい。  先日、5年ぶりで再会した。はじめさんは北海道で喫煙の公演を済ませてとんぼ返りの忙しさの中、禁煙レストランに連れて行ってくれた。  ★阪神宝塚線の岡本駅にある《禁煙の中華料理店》「冠三宝(かんさんぽう)」である。コース料理は大変豪勢で食べきれないくらいの量がでた。味もおいしく、グルメの本やTVで紹介されるくらいの評判の店である。一度行って下さい。オーナーが中国の方でママは美人の本業はバレリーナ。はじめさん、これからも仲良くしてね。今度薗潤先生と会えるのを楽しみにしています。
 
2004年02月15日 09:43 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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後藤せき子さん(文化堂 会長)
 大田区と神奈川を中心としてスーパーマーケットを20店舗経営している。24歳で駄菓子屋から商売をはじめたが、女性で経営者というのは50年前では今と比べ物にならないくらい苦労が多かっただろうと思う。今までの人生を講演などで聞くこともあったが、まだまだ人に言えない苦労もあっただろうと思う。しかし、年商220億円までの企業に成長させたその力はすごいと思う。  明るくて好奇心旺盛。愛くるしい瞳は、若い頃どんなに可愛かっただろうと思わせる。  いやそんなことよりもっと大事なのは一筋の道を歩きとおしたということだ。  学ぶことが多い。
 
2004年02月10日 09:54 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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片山忠彦さん(山彦の会)
 「サトーハチロー物語」で出会った。大変有名な山彦物語を制作し、芝居に夢を託して演劇一筋の道を歩いている大先輩。お客さんを集め、お客さんに満足してもらえる舞台を作り続けるということは、並大抵の努力ではなしえない。そのことを何十年もやってきているのだ。尊敬する。 「サトーハチロー物語」のなかで、米津先生の名前が出たし、登場人物は栗岩さんであったり米津先生の知っている人たちばかりなので、米津先生に舞台を見てもらった。その後、片山さんは米津先生と近づきになり、男の友情を交わされている。私もほんのちょっといいことが出来たようでうれしい。
 
2004年02月10日 09:44 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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