小夜子の世界

2004年01月

42人目 杵屋邦寿さん(長唄三味線 伝の会 主宰)
 前進座養成所の同期生 私は出席番号1番、彼は2番だった。わたしは首席で入ったと思っていたけれど、すぐに違うとわかった。2番の坊やが頼りないのだ。入金順だった。  みなでニックネームをつけた。 彼はポップ。ポップコーンみたいな頭をしていた。高校に通っていた。1年で彼は激変。特に日舞と長唄三味線の腕は誰よりも成長していた。  修了後、長唄三味線のプロへの道を選んだ。 その後、いろんなことがあった。  しかし、彼は三味線を諦めなかった。いや、話によると、「やめよう」と思ったとき、松永鉄九郎さんと出会った。二人でやろう、ということになった。今をときめく三味線界の人気コンビ「伝の会」の誕生の瞬間である。  杵屋邦寿、くにちゃん。私の誇りである。いつでも助けてくれる。腕抜群、人柄抜群。鉄九郎さんとのコンビネーションも本当にうまくいっている。  いまでは菊五郎劇団、中村座、玉三郎さんと歌舞伎界でも活躍。「伝の会」の舞台は元気をもらえます。 邦チャンこれからもよろしくね。
 
2004年01月25日 20:55 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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41人目 野入美津枝さん(富山県大山町NPO法人おらこと理事長)
 野入さん、すごい人。ほんとうに頭が下がる。去年、町議会の議員から大山町長に立候補し、残念ながら落選。めげるどころかすぐに、介護師の資格を取り、並行してデイサービスのNPO法人「おらとこ」を作る。  出会いは5年になる。前進座の営業で歩いていたとき、出会った。実行委員会は数十人になり、その中心にいたのがこの野入さん。中川律子さん、新村まゆみさん、清水啓久さん、野入パパ、ほかたくさんの人たちの仲間と今も心はしっかりつながっている。  今年は、『心中天網島』の公演を大山町でする。 いまから心が躍る。一生涯仲良くしてね。  美津枝さん、これからも刺激されながら私もがんばります。ありがとう!
 
2004年01月25日 19:55 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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40人目 佐野周一さん(福井新聞社・事業局長)
 兄のような人。出会いはもう5年ほども前になる。前進座で『蓮如』公演を福井でやったとき、思いもかけない事態に襲われた。  それは全く前進座側の営業所員と部長の無責任さなのだが、私がステージを作り、営業所員に後を任せた関係から、ほおっておくわけにはいかなかった。  初日10日前で、福井2000席のうち、300席ほどしかチケットが売れていなかった!  その次の公演場所である金沢は、800席ある会場にもかかわらず、昼の部50席、夜の部も50席しか売れていなかった。旅の初日までたった10日。  稽古が始まっていた。わたしはヒロインの蓮祐という大役だったので、稽古を休むことも遅れることもできなかった。  しかし、蓮如さんが活躍された吉崎のある福井と、この本の作者である五木寛之先生の活躍された金沢で、がらがらで舞台を開ける訳には行かなかった。  ありとあらゆる出来ることを考え、福井に飛んだ。  劇団内で手伝ってくれる人は一人もいなかった。全くの孤軍奮闘。今となっては面白い体験だったといえる。天はこんな風に、危機に強くなれるようにと、試練を与えてくださったのだから。  10キロの荷物を抱えて日帰りの出張。  福井の佐野周一さん、西本願寺の藤原典穂さんほか数人の方に集まっていただき緊急会議。夜金沢にも飛んだ。  結果・・・!!! 奇跡は起きた。 福井公演は800人が観劇。金沢では、昼夜ともほぼ満席。  人生には、こんなことが起こるのだ。人が本気になって手を尽くした時、きっとなにかが起きる。  あの窮地で、私に同志といえる人を得た。そのとき以来、佐野さんは私の生涯の兄貴になった。
 
2004年01月25日 18:56 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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39人目 小早川圭子さん(大阪文楽協会)
 出会いはもう長い。「心中天網島」の公演の成功は何といっても竹本初美師匠と、その先生である人間国宝・鶴澤友路師匠の出演。その出会いを作ってくれたのがこの小早川さん。  作品も育っていくのだが、ポイントごとに圭子さんのアドバイスを頂き、和気藹々と初日を迎えることができ、かつ再演を重ねることの出来る舞台が出来た。  穏やかで、はっきりと自分の意見を持っていて、人の気をそらさない。  いつもエレガントな振る舞いで、ささやくようなハスキーボイスにもかかわらず、きちんと意見を言ってくれる。知ってることは惜しみなく、なんでも教えて下さるありがたぁい存在。  これほど文楽を愛している人がいるだろうか。これからもお世話になることになるだろう。 心して甘え過ぎずに、大事にしていきたい人である。
 
2004年01月25日 17:56 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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38人目 古仲裕二さん 活ゥ建築コンサルタント
 和の輪の理事。和の輪設立当初から応援してもらっている。困ったときに頼りになるひと。  映画を作ったり、経営者の駆け込み寺を作ったり、人が困っているところに飛んでいって新しい組織を作ることを得意とする。  最近新しい会社を立ち上げた。 「若者やシニアの人たちに仕事を提供したい」と考えていたところ、『ネクサスV』と出会ったという。 これは、たくさんの書類をCDに取り込めるという商品で、★ソフト制作 ★書類のCDへの取り込み ★セキュリティ ★更新 など、書類管理の煩雑さをすっきりさせ、年間の倉庫代の無駄をなくせるすぐれもの。建築、病院、不動産、学校・・・どんな職種でも対応可能。★★★書類で困っているかたご連絡ください。 03-5665-3454 和の輪まで。
 
2004年01月25日 16:57 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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37人目 須谷正代さん(山中温泉 すずや今日楼女将)
 同い年。北陸へ行くと女将さんに会いたくなってすずや今日楼に泊まりに行く。  忙しいのに、仕儀とが終わったら部屋に来てなんやかんやと話が途切れない。悩みの相談もよくした。 同い年の気楽さからか、なんでも言える人。  温泉地の旅館の家に生まれ育った、根っからの女将さん。山中町温泉をよくしようと、つぎつぎとアイディアを出し町を動かす。  正義感が強く、責任感と行動力は、生来のものに人生の経験が加味され、不動のものとなっている。しかも一人一人のわがままなお客さんを満足させるだけの器量があるのだから、大したものだ。  山中温泉にいかれるなら、ぜひとも一度足を運んでください。女将さんこれからもよろしく!
 
2004年01月25日 15:57 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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35、36人目 生田享成先生 テルコさん(カルガリィ回教師)
 カナダのカルガリィ市にすんで46年。西本願寺の回教師夫妻。  出会いは全くの偶然だった。去年の10/23。築地本願寺に宿泊していた私は、本堂での朝のお勤めに出た。そのとき、外国人の方たちがいらして、その中の日本人女性に声をかけた。「どちらの国からいらしたんですか」それが生田テルコさんとの出会いだった。カナダの門徒さん達だった。その夜の「心中天網島」の芝居を14人で見てくださった。  そしてこの1月、約束を果たしてカルガリィに行った。3日間本当にお世話になった。すばらしい人生を歩まれた夫妻だった。私は上等な小説を読んでいるような幸せな心持がした。  次々と困難がくるが、それを次のステップへの糧とし解決してきた。 「執着」が自分の可能性を狭めているのだ、と思った。執着・・・お金、地位、名誉、プライド、物…自分のやるべきことに信念を持って、責任を果たしていく。雨も嵐も避けないで起こったことをよく考えて解決していく。  「もう少し若かったらもっとやるよ」77歳の生田先生は魂はまだまだ若い。  せっかくこの世に生まれてきた幸せを感じて、理想に向かって歩みながら死んでいけたら・・・いいなぁ。  この出会いは私を変えた。 どうぞどうぞお元気で、来年の再会を楽しみにしています。ありがとうございました。
 
2004年01月25日 14:58 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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