小夜子の世界

山中祥弘先生 医師
 子供のころ、周山(しゅうざん)に住む母の姉の家によく遊びにいった。子供のいなかった叔母ちゃん夫婦を「おとおちゃん、おかあちゃん」と呼び、可愛がってもらった。二人は京北病院に勤め出した。病院の雑務を一切やり、寝泊りは病院の一室だった。そこに若いお医者さんがいた。背が高く、さわやかで、人当たりがよく、しかもハンサムだった。少女の心に、かっこいいお医者さまとして、淡い恋心を抱いていたのかもしれない。夜勤のときなど、一緒に卓球をして遊んでくれた。先生はその後、病院長になられて、周山の人達全員から尊敬され、慕われた。その先生に災難が襲い掛かったのは、今から8年前。安楽死事件として、当時ずいぶん騒がれた。TVで先生の姿を見たのは、あれはどこの旅先の宿でだったろう。記憶が定かでない。とにかくショックだった。あとで冤罪とわかるのだが、先生は病院長の職を解かれ、つらい年月を過ごされたと思う。その先生と、何十年かぶりで再会できた。おばが今も大変お世話になっていて、おばをつれて、妹の車で、先生の奥様の経営している鹿ケ谷の喫茶店に行った。先生は本当にお変わりなかった。 嬉しかった。素敵な奥様。素敵なお店。 それにしても、人の心の怖さ。そのために何人もの人の人生を狂わせてしまうこともあるのだ。(私も去年体験した。)山中先生を陥れたその人は今頃どうしているのだろうか。正しいことをしたと今も堂々と生きているのだろうか。山中先生に、いったいどんな必然があったのだろうか。なぜ先生がこのことを引き寄せたのか。天のなさることに間違いはないから、きっと大きな計らいが働いているのだろうが・・・。  冤罪で死んでいったキリストのように、清い魂はこの世では何か大きな試練を引き寄せるのか。天の神様は人を陥れたりしないから、この先生に降りかかった冤罪は、つらい8年という年月を過ぎ、どうか先生とご家族の大きな幸せにつながることを心から願う。  天の神様、山中先生とご家族に大きな幸を。先生にふさわしい天職である医療の仕事をおあたえください。 先生、これからもずっとずっと先生のファンです。 (写真は、おばちゃんと山中先生・喫茶店ゴスペルで)
 
2003年07月23日 10:08 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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