小夜子の世界

7人目 笠原秀紀さん D-net代表
 笠原さんと出会わせてくれたのは、上條正二さん。長い付き合いだ。いつ出会ったのか忘れるくらい、もうすっかり打ち溶け合っている。ヤフーオークションが始まり、すこしずつ輪が広がり始めている。  笠原さんとはじめてあって話を聞いたとき、「すごい人」とおもった。こんな素敵な若者がいて、日本もなかなかいいぞぉ、と思ったものだ。3月のイラク戦争では、気持ちが萎えてしまって、笠原さんにEメールを出した。誰かに何かを言ってもらいたいわたしがいた。 「笠原さん、沖縄からおかえりなさい。 沖縄の芝居でLAに行きます。 わたしが今も俳優を続けていられるのは沖縄公演50日の体験があったからです。 不思議な土地です。 もうすぐ近松の台本がしあがります。30日にLAの芝居の台本読みがありますので、 来週はOKです。 今年は養成所がありませんので、時間がたっぷり。和の輪の今後を考える大事の年です。なにをもとめてどういうスケジュールで作り上げていきたいのか。 しかし現実のわたしは、毎日流れるイラク戦争で、こころが張り裂けそうで、未来のことや希望が失せています。どうしたらいいんだろう・・・。 城谷小夜子 3・27」  笠原秀紀 「世界の人々が一生懸命に動きましたが、イラク戦争は止められませんでした。そして、今後も、こうした状況を生み出した根源は存在しつづけます。少なくとも数年では変えられないでしょう。そして、似たような種類の事は、まだ起こりつづけると考えられます。  未来に希望があるかどうかが見えない中、21世紀が進んでいきます。どちらにしても、時間は待ってくれません。 進みつづけます。ならば、未来を変えるために、私たちも進む事。私たちも変わること。できるか出来ないかは別の事。非常に厳しい未来を感じます。  でも、未来を変えることは不可能ではない。その具体策も無いわけではないと私は考えています。  まずは、厳しい未来を、痛みを感じる事からなのでしょう。今は痛いです。非常に悔しいです。でも、もう一方で、徹底的にクールに、タンタンと変革への動きをあらゆる障害と妨害を乗り越えて、作ってゆきたいと思っています。できるか出来ないかは別の事、世界変革への道を進んでいきたいと願っています。」  写真右が笠原さん
 
2003年06月04日 10:16 | カテゴリ:この人との出会い | コメント (0) | トラックバック (0)
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