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5月の本 まとめて |
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「まゐのぼり」阿部國治
「砂漠の女ディリー」ワリス・ディリー
「切除されて」キャディ
「あの世この世」瀬戸内寂聴 玄侑宗久
「しぐさの日本文化」多田道太郎
「仏教と性差別」田上太秀
「理趣教」入門 大栗道榮
「歴史の中で語られてこなかったこと」網野義彦 宮田登
「般若心経のこころ」瀬戸内寂聴 梅原猛
「テーリーガーター〜仏のまみえた女たち」入山淳子
「大乗の教え(上)」中村元
「シュタイナーのカルマ論」ルドルフ・シュタイナー
「反貧困」湯浅誠
「ヴォイスヒーリング」渡邊満喜子
「癒しのスローヴォイス」渡邊満喜子
「瀬戸内寂聴の般若心経」カセットブック
「三好徹が語る板垣退助」カセットブック
「木下順二が語る中江兆民」カセットブック
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2008年05月15日 14:09 | カテゴリ:珠玉のことば | コメント (0) | トラックバック (0)
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旅日記 |
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4月30日
大阪公演の打ち合わせ。
三木さん、馬場さん、田丸さんはずっとサポートしてもらっていて
本当にありがたいと思っています!
師匠の稽古に付いていく。夜から稽古。日高川。
「昔の女」を聞いてらもう。
5月1日
一日中義太夫の稽古。
5月2日
朝8時に、東加古川から10人で山口県柳井に車で出発。
白壁の街は美しかった。
難波庵でコーヒーを楽しむ。
蔵を改造した趣味の喫茶店。
庭があって、2階が使えて。
和の輪庵のモデルはこれだ!
こんな建物と場所が与えられますように!
本番は、大失敗!
自分がなさけない。
新聞社の人がやたらと写真を撮っていた。
わたしは彼女に、写真を遠慮してもらった。
安心して舞台に出た。これがわたしの失敗のもとだった。
始まってすぐ、正面の人が、写真を撮った!ピカッ!
そのフラッシュに、わたしはびっくりした。
「だれ!新聞社の人じゃないよね?」集中力が途切れた。
途端にセリフがわからなくなった。
長い長い無言の時間、セリフが思い出せない・・・
このままやめようかと思った。
しどろもどろに物語を再開した。
ひどい出来だった・・・・。
途中、表を通る人の声はするし、お客さんが席替えするし
音響さんは、うろうろして空気を乱すし、
気になることだらけだった。
なにを学べとの教訓だろう・・・考え続けた。
私が得た教訓は・・・・安心して舞台に出てはいけない。
なにが起きるか知れたものではないことを
忘れたらあかんよ。
起きるかもしれない出来事へのイメージと、
集中を欠かない決意。
どんなことがあっても、演じ続ける、
と決意すること。
空気を乱される出来事に、
気を殺がされない自分をつくること。
9月の女流義太夫の初舞台を、
初舞台にしてはならない。
どこかで舞台を踏みたい。
わたしは、自分がなさけなかった。
初日はこんなにこわいのだ。
わたしは、神経質なのかもしれない。
空気を乱されることがとてもいやなのだ
と思った。
しかし、空気を感じないスタッフが多いということだ。
わたしの会ではないので、私はいえなかった。
プロならわかるでしょ、と思っていたのが
思い込みだった・・・。
気持ちよく舞台が踏めることのほうが少ない。
俳優の気持ちを察し、
気持ちのいい舞台空間を作ってくれる
スタッフさんは本当に少ないのだ。
窪田ちゃんのことを
玉三郎さんが可愛がるのがわかる。
勉強になった。
強靭なる集中力を養っていかなくてはならない。
そして、「藤本さんを偲ぶ会」だと
思っていったのだが、「3人会」になっていた。
いつの間に目的が変わったのか・・・?
わたしも気をつけよう。
いつの間にか、目的が偲ぶ会から、
自分の会にならんとも限らない。
今年の秋の「賢女〜」は、
「323念の会」であることをしっかり自覚し、
供養の舞台であることをわすれたらあかん、
と教えてもらった。
323人の人たちの想いを忘れない。
わたしは、323人の人たちの想いを
背負って演じるのだ。
「出来事には、意味がない。
意味をつけるのは自分である」ということ。
この一連の時の流れを、
どう感じ、どうとらえたか、みんな違う。
違う目と違うこころで時間を意味付けしている。
わたしには、
学びの多い一夜であった。
体験させていただいたことをこころから感謝した。
ありがとう。
ありがたい。
夜、打ち上げの後厚狭に移動。夜中駅に着き、
ステーションホテルに泊まる。
5月3日
朝長門へ。9時40分に駅に着く。
木下先生が駅で待っていて下さった。
先生の車で、ルネッサながとへ。
木下先生にも同席を願い、
担当の上田さんに舞台のご案内する。
来年度、この劇場に再び来られたらいいな。
木下先生が、千畳敷に連れて行ってくださる。
素晴らしい景色!風の心地よさ。
またもう一度ゆっくり来て、長門を見て回りたい。
木下先生の人生を聞き、
先生の人柄に触れ、感動した。
午後、広島へ移動。滝渕先生と再会。
台本のことで話し合う。
もうだめかな、と思っていたのだが、
書いてくださるということで嬉しくなった。
海外公演を視野に入れて書いてください、
とお願いする。
きっとこころに響く本を書いてくださるだろう。
ひたすら待とう。
見通しがたったのでほっとした。夜、岡山へ移動。
5月4日
朝6時すぎの電車で、佐用の大聖寺さんへお参りに行く。
タクシーが1台あり助かった。お参りを済ませ大磯に移動。
渡辺さんのお家に行き、
「賢女〜」公演の話し合いと本読み。6月に稽古することになった。
台本をもう一度作り直すこと。
5月31日の渡邉さんの舞台に行かせてもらう。
夜、帰宅。
明日もお休み、うれしいな。
今夜はゆっくり休もう。
良き旅であった。
柳井へ行くことを、経済的なことから
断念しようと思っていたわたしを
乙部さんは「それはやったほうがいい」と後押ししてくれた。
アメリカで台本を作った。
帰国し、10日ほどでセリフを覚えて、
音を作っ。
初舞台は不本意であったが、
多くの教訓を得た。
作品としては、面白いものができたと思う。
乙部さん、ありがとう。
小松左京先生の女シリーズ全作品10作を、
30分の語り物に作りあげよう、と
決意した。
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2008年05月05日 00:59 | カテゴリ:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)
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昔の女 制作中 |
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昔の女 をつくっています。
本番まであと10日。今日決定台本が出来、今音作りの真っ最中。
なんとか、今週中に覚えたい。
1週間の旅は、ステキなことがたくさんありました。
富山公演が決まったことが一番嬉しい。
そして、羽咋の妙成寺の山主さまに、たくさんのことをお教えいただいたことが
本当に有難かった。
師匠のところでは、「日高川」を作ってもらった。
そして、「尼崎の段」が少しずつ形になってきた。
「ことばと身体の勉強会」が3人で発足。
わたしの喉は調子をやってしまいました。
昨夜帰宅。
松井冬子の世界を「気持ち悪いね」といいながら、彼女の魅力にツイ最後まで見てしまった。
そして今朝は、松本明慶仏師のはなしをビデオで見た。
すばらしい。涙が出た。
人はみな心に傷を負って生きている。
傷を負った心が、どちらに向かうのか・・・松本師のようなこころの方向に向くことを祈った。
「仏、来い」と大声で呼び続けること。
待っていた「ダーナ4月号」が来た。
そこに、高野さんと山主さまから聞いたことばが載っていた。
共時性だ。
どうしたら、人を救えるのかなぁ。
人を救う事なんて出来ないのだろうなぁ。
救いたいと思い続けることが大事なんだろうなぁ。
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2008年04月21日 11:52 | カテゴリ:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)
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今日の出来事 |
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昨夜は11時から午前1時まで
世界フィギアの男子決勝戦をかっちゃんと見る。
大舞台で力を発揮する、自由にスケートする、このことを
わがこととして観戦。
女神は誰に微笑むのか。
米長さんが「女神は笑いと謙虚を好む」ということばを思い出す。
明るく光り輝く人が女神は好きだ。
緊張感は恐れだ。勝ちたいけれど、負けるんじゃないか、失敗するんじゃないか、
一番悪いのは、相手よ、失敗してくれ。これは最悪。
わかっているのに、思ってしまうことはないか。
「嫌い」という感情には、「嫉妬」が混じっている。
こまったもんだ。=これは自分に言っている言葉。
今朝はゆっくり起きた。7時半。
朝食をとり、着物に着替えて9時40分に家を出る。
今日はお彼岸最後の日なので道が混んでいるかな、と思ったが、
意外に普通だった。
三好徹が「板垣退助」のことを語っているテープを聞きながら米津先生のお家に急ぐ。
ちょっと感動。板垣と西郷に興味がわく。
井上馨がどんなことをした人間なのかも知りたいと思った。
米津先生のお家に11時前に着く。
すぐに、阿部國治先生の本を探す。
天の阿部先生のサポートを感じる。2冊とも見つかった。
これでよし。古事記上演への道が開けた。
米津先生に、阿部先生の解釈による「古事記」を上演するので
絶対に見てくださいね、と約束する。上演は多分2010年。
この1年をかけてわたしは一人で研究し、来年の古典研究会は「古事記」1年かけてみなで勉強する。
今日はお休みが多く、
武藤さん、矢萩さん、三須さん、蓮見さん、荒武さんと美女ばかり。
みなで「小倉百人一首」を21〜30番まで研究。短歌もみな上手に作った。
チャクラに色を重ねる瞑想を行う。
船橋へ帰る蓮見さんと三須さんを車に乗せて帰宅。
夕食は自宅でかっちゃんと。
今夜は、え〜っと、鯖の塩焼き(大根おろし)。かじきの煮付け。
韮たま。こんにゃくと油揚げ、人参、キノコのピリ辛ごま油炒め。
味噌汁は今朝の残り物(とうふとわかめ)。
かっちゃんが昨日作ったホタテの煮物と、ハッシュドビーフ。
そうそう、ハムの残りもだしたな。
今大変気に入っている「篤姫」を見る。
9時から急に台所の掃除を始めた。冷蔵庫の中も整理し、ゴミを出し、
床も吹き出して、掃除が止まらなくなる。階段まで拭く。
明日は、12時に京王プラザに行く前に、東京駅に寄ってカードを取りに行けたらいいな。
9時30分ころ家を出ればうまくいきそうだ。
北松戸〜東京駅〜新宿〜京王プラザ〜成田。
25日にはLAだ。
ノートパソコンは持っていくのをやめた。
あちらで書くのは「にちれんき」
構成して覚えるのは「昔の女」
読んで考えるのは「阿部先生の古事記」
義太夫の稽古は「尼崎の段」
考えるのは「和の輪の今後のこと」
海を渡っても、わたしの心も意識も日本から離れない。
わたしが望んでいることは、
わたしの人生を変えてくれる人と邂逅したい、ということ。
懐かしい友人たちとの再会と、前世からの約束の人とこの旅で再会したい。
お互いに影響しあえ、なにかクリエイティブなことができる人。
その人はどこの国の人かわからない、男か女か、年齢もキャリアも。
わたしがわかっていることは
会った瞬間にお互いに「この人だ」とわかる、ということ。
わたしが次のステップに進むために、なにかが始まっているような予感がする。
3月17日を境に、わたしの中で変化が空き始めている。
身体の中の変化は、何かを引き寄せる。
その人がUSAにいるような気がする。
アメリカの人かどうかはわからないが、この旅で出会えることを期待する。
その人も、わたしとの再会を待ってくれていたらいいな。
日本を発つ前の日に、出会える人がいることは幸せ。
明日は本当に楽しみだ。
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2008年03月23日 21:39 | カテゴリ:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)
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舞台は神事 |
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舞台は神事である。
神託をうける場所である。
意味のないもの、慰みものは、神事とはいわない。
見た人の魂をゆさぶるものが神事である舞台の真髄。
あだやおろそかに舞台は踏めない。
みそぎをして
神のことばを人間のドラマにして
人間に語る。
人間の魂に届く舞台を務める。
日頃の修行と自分のあり方によってしか
次のドラマは与えられない。
神が降りてきて
人間のことばで物語る。
神が降りることができるような環境=場所、こころ、からだ、魂であることが、
一番大事なこと。
引き受ける。
自分の人生丸ごと引き受ける。
自分の至らない点も、短所も、すべて、今の自分を丸ごと引き受ける。
自分が引き寄せたものすべてを引き受ける。
いやだと思うものも、自分の成長に必要であろう。
なぜいやなのか、いやなものが、自分の見たくないもの=つまり自分のいやな面かもしれない。
蓋をしないで、全部さらけ出したとき、
この問題が二度と起こらないのかもしれない。
逃げている限り、避けている限り、
自分が嫌だと思うことを必ず引き寄せる。
人ではない、出来事ではない、
つまりはそれこそが、自分の前世から持ち越したカルマであり、
なんとかもう一度挑戦しクリアしようと、自分で引き寄せた問題解決のチャンスである。
せっかく引き寄せておきながら、まるで他人事のように
これさえなければ、この人さえいなくなれば、と逃げたり避けたり、悪口言ったり、
いかんいかん。
困難、問題、嫌な人は「喜ぶべき来客」「カルマの先生」だ。
3月17日の爆発から1週間。
クリアになりました。
いやなことをいってくれてありがとう。
もう大丈夫。
和の輪庵も、みんなの気持ちが集まった時、
きっと出来上がる。
ちりとてちんが、共時性を起こし
わたしにメッセージを伝えてくれている。
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2008年03月22日 22:21 | カテゴリ:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)
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こんなんで・・・・ |
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3月17日に和の輪の総会が終わってから
またたくうちに4日が過ぎた。
一度爆発すると
なにかが壊れて、内から新しい考えがわいてくる。
わたしの爆発というものは
マグマを噴出させるためのものなのかもしれない。
どんなにメンバーを変えても
わたしの内なるマグマを噴出させる必要がある時には
呼び水となるような人を必ず引き寄せるのだ。
メンバーを変えてもそれは同じことと、諦めたほうが良い。
メンバーのせいではなく、
わたしの内なるマグマのせいなのだ。
わたしは怒り怠惰になり、自己正当化するが、
ふと気付くとまったく別の考えが、ひらめき、そうなると、そのきっかけをつくってくれた
その邪悪なる人に感謝するのだ。
まさに人生とは気づきだ。
気づくまで、ひつこくひつこく同じ問題が起こるであろう。
19日には図書館へ行き、またどっさり本を借りた。
岡本太郎、ジャコメッティー、鹿島茂、網野善彦、ケーテ・コルヴィッツほか。
探している本もインt−ネットで買った。
筧克彦「神ながらの道」帰国したら届いているだろう。
阿部國治先生の「ふくろしょいの心」は、日曜日に米津先生のところで探そう。
今朝、ついにうちの彼に渡邉満喜子さんの電話番号を聞いた。
義姉のことで、なにかのはずみに「見捨てないで、最後までかかわりきれないものか」と考えたのだ。
義姉は、ダイバかもしれない。
人とのかかわりに素直になる、ということが
本当は一番学ばなくてはならないことかもしれない。
つまり、人間はいかに偏見と誤解に満ちて物事を見ているかということを
知るのがこの世に生まれてきたすべての人のカルマだ。
すると、渡邉さんに電話したのだ。
すぐにつながり
アメリカに行く前にお会い出来ることになった。
24日、お昼に新宿で。
うちの彼も職場からすぐ近いし、昼休みなので来てくれるという。
なんとうまくいくの。
多分こういうことなんだろう。
乙部さんに電話。24日のことを話す。乙部さんもわたしに会いたいことがあるので
きてくれるという。
ちょうどいいよね、みんなで渡邉さんと会うととてもいいと思う。
今日、成田に荷物を出した。
このように、あのこともこのことも一緒に動いていくのね。
帰国したらすぐに旅なので、その準備もしている。
だんだん準備を早めに済ませるようになって来た。
出来ることは早めにやっておくことだ。
なぜなら、急なことに対応できるように。
思いつく限りの未来の段どりをするのがいい。
頭の中で動いている10本の線路に、特急電車から普通電車までこんがらがらない
正確なタイムですべてが整然と美しく進んでいくのが心地よい。
今動いている線路は・・・
1 賢女〜の舞台のこと
2 にちれんきの舞台のこと
3 古事記のこと
4 むかしあけぼののこと
5 えしんにさまのこと
6 小倉百人一首のこと
7 秋ロシア行きのこと
8 秋サンフランシスコ行きのこと
9 まぐまぐ
10 読書
11 会報
12 HPのリニューアルのこと
13 個人レッスンのこと
14 コンセプトのこと
15 学校のこと
16 和の輪庵のこと
17 桐のこと
18 昔の女のこと
あ〜〜〜〜もうやめよう。
10本どころではない、わたしの頭の中にはまだまだ線路はある。
今一番の線路は、アメリカ行きと、帰国後の富山での「賢女〜」実行委員会と、
羽咋で山主さまに「にちれんき」の第1稿の台本を見ていただくこと、
「昔の女」の語りを30分程度にして、アメリカで覚えることと、帰国後すぐに音楽をつくること。
何しろ舞台が5月2日だ。
これをきっと幸せな人生というのであろう。
なぜなら自分が幸せを感じているのだから。
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2008年03月21日 23:40 | カテゴリ:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)
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「岡本太郎 」 岡本敏子 |
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出会ってすぐのころ、太郎さんはわたしにこういいました。
「『いつか』なんて絶対にない。
いつかあるものなら、今、絶対にあるんだ。
今ないものは、将来にも絶対ない。だから、『いつか』なんで言っていちゃ
ダメなんだ。」
・・・・・
モチーフというのは、言い換えると、どれだけその人に
「表現したい」「表現しないではいられない」という内的欲求があるのか。
それと、社会に対してどういうことを言いたいのかというメッセージ。
「どういうことを言おうとしているのか、自分でつかめていないのに、
人に伝わるはずがない」
自分が何をやりたいか、何を伝えたいかがわかっていたら、技術は後からついてくる。
それは突き詰めれば「どう生きるか」ということ。
・・・・・・・
「人間は、決して老いを認めるべきではない。年齢を理由に何かに挑戦する意志を
すてるくらいだったら、自殺する」
「それほど危険な道なら、やってみようじゃないか。
引き受けて傷だらけになってやろう。」
「自分の中にどうしても譲れないものがある。
それを守ろうとするから弱くなる。そんなもの、ふち壊してしまえ!」
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2008年03月21日 23:00 | カテゴリ:珠玉のことば | コメント (0) | トラックバック (0)
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